ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

桂望実「残された人が編む物語」(祥伝社)

桂さん最新作(かな?まだ?)。桂さんは食指が動くものは読むのだけれど、ここ

最近は少しご無沙汰気味でした。本書は、ブロ友さんのところで高評価っぽかった

ので予約してありました。予約本ラッシュ中に回って来てしまって、一度今回は

スルーして返してしまおうかと思いかけたのだけど、とりあえずと冒頭の一作読んで

みたら、なかなか良かったので、そのまま読み通してしまいました。読みやすかった

しね。

本書は、亡くなった人の行動をさらって、残された人がその人に対して思いを

馳せる物語。特に、今回亡くなった人々は、みな、行方不明者協会の名簿で名前を

発見して死亡が確認されたケースばかりを取り上げています。そこで働く職員の

西山静香が全作に共通して登場します。依頼人は、長年連絡を取っていなかったり、

行方がわからなくなっていたりしていた人物を捜す為、行方不明者協会に依頼をし、

当該人物を捜し当ててもらいます。生きて捜し出せれば一番良いのでしょうが、

本書に出て来るケースは、みな当該人物が死亡しています。依頼人は、当該人物が

自分と会わない間にどんな生活をしていたのか、どうして死に至ってしまったのか

を少しでも知りたいと願い、西山と共にその人物のことを調べ始める――というのが

だいたいの流れ。疎遠になっていた弟、大学時代に一緒にヘビメタバンドをやって

いた仲間、十年前に突然失踪した夫、転職前の会社でお世話になった社長、幼い頃

に東京に行ったまま帰って来なかった母親・・・それぞれに、それぞれの物語が

あって、胸に響きました。依頼人は西山と共に亡くなった人のことを調べて、少し

づつその人のことがわかって行くのだけれど、結局その人はもういない訳で、本当

のその人がどんな風にどんな思いで亡くなったのかは推測するしかない。だから、

残された人が、結局のところは、その人が思うように亡くなった人の物語を構築

するしかない。と、いうわけで、こういうタイトルなんだな、というのがすとんと

腑に落ちました。

一話目の疎遠だった弟の話は、疎遠だった間にホームレスにまで落ちていた弟が、

姉が気まぐれであげた詩集をずっと大切に持っていたところにぐっと来ました。

気性が荒い弟に苦労させられたきた姉だったけど、弟自身もそういう自分をなんとか

抑えようと努力していたところもあったのかな、と思うと切なくなりました。

二話目のヘビメタバンド仲間の話は、大事な友達だった筈なのに、あの告白を受けて

向き合わずに逃げた主人公に腹が立ちました。同じ会社の同僚カップルのことを

悪く言う資格は、彼には一切ないと思いましたね。だって、全く同じことをして

たんだから。

三話目の、十年前に夫が失踪した妻の話だけは、失踪した夫の本性が見えて来て、

亡くなった人に対して嫌な気持ちになるお話でした。依頼人は、夫の本性を

知らないままの方が幸せだったのかもしれない。でも、それを知ったからこそ、

強い気持ちでこの先を生きていけるとも云える訳で。現実が見えて良かったん

じゃないかな。

四話目の、元の会社の女社長を捜す男の話は、亡くなった女社長がいい人過ぎて、

その最期がさみしくて胸が痛かったです。彼女の凋落が悲しかった。その死因も。

彼女を騙して逃げた元社員が許せなかったです。主人公は、彼女に借りた300万を

返すことは出来なかったけれど、そのお金を自分の懐に入れたままにするんじゃ

なくて、ちゃんと次の世代に繋げるような使い方をしたところが良かったです。

ラストの話は、行方不明者協会の西山静香のお話。彼女がこの仕事に就いたのは、

彼女自身の母親が子供の頃に失踪していたからだったのですね。彼女自身、大好き

だった母親の突然の失踪に心を痛めた一人だった。そして、この仕事に就いてから

ずっと母親を捜し続けて来た。その母親が、ついに遺体で見つかった身元不明者の

持ち物がきっかけで見つかることに。

静香にとって最悪の結末になってしまったけれど、母親が失踪した理由が明らかに

なり、静香に対する思いも推測できるようになって、やっと静香は母親の不在と

折り合いがつけるようになったんじゃないかな。そして、継母や兄弟ともこれからは

良い関係が築けるのではないかと思う。

静香にはこの仕事がすごく合っていると思うけれど、今後は違う道に進む可能性も

ありそうですね。それとも両立していくのか。どちらにしても、静香ならどちらの

仕事も責任を持って請け負うことができる人だと思うから、自分のやりたい方を

選べばいいと思う。

長く会っていなかった人が、亡くなっていたと知ったとしたら、自分もその人が

どんな生活をしてどんな思いで亡くなったのかは気になると思う。突然突きつけ

られたその人の死に戸惑うと思うし、受け入れられない気持ちになるとも思う。

静香の仕事が、亡くなった人の為ではなく、残された人の為、というのはとても

良くわかるな、と思いました。