ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月「嘘つきジェンガ」(文藝春秋)

辻村さん最新作。詐欺に纏わる三つの中編集。一作目のロマンス詐欺のやつだけ

アンソロジーかなんかで既読でした。ざっくりしか覚えてなかったから、再読

出来て良かったです。まぁオチとかだいたい覚えていたけれどね。

詐欺の話ばかりなので救いのないオチになるかと思いきや、読後はどれもそれほど

悪くない。途中までは嫌な気分になる話ばかりなんですけどね。最後は意外と

思わぬ方向へ進むものばかり。読んでる間は最悪の結末しか思い描けないんです

けどね。騙す側、騙される側、どちらに自分が転ぶかは紙一重のところにいる、と

思わされるお話ばかりでした。日常に潜む詐欺事件が、とてもリアルに描かれて

いるな、と思いました。

 

では、各作品の感想を。

『2020年のロマンス詐欺』

コロナで大学の授業もなくなり、仕送りが減らされる為バイトをしようにも不採用

になり、八方塞がりだった大学生が、友人に唆されてロマンス詐欺に手を染めて

しまう話。一人の女性と頻繁にメールをやり取りするようになり、心をときめか

せるが、自分は彼女からお金を引き出さなければならない立場なのに、彼女からは

家庭内DVの告白をされて――という。

以前の感想にも書いた覚えがあるのだけれど、平凡で良識のある一大学生が、ほんの

出来心から犯罪に手を染めて行く過程がとてもリアルで、空恐ろしかったです。

ラスト、こういう展開になるの!?って感じでした。主人公が基本的にはとても

良い子なのはわかるけど、こういう経験をした二人が付き合うっていうのは、

ちょっと現実的にはあり得ない気がするなぁ。絶対親反対するでしょ。

 

『五年目の受験詐欺』

次男・大貴の中学受験の時、多佳子は教育コンサルタントのまさこ先生が開く、

受験生の親向けの『まさこ塾』に通っていた。大貴の成績が思うように上がらず

焦っていた多佳子は、まさこ先生から持ち込まれた100万円支払って特別に

事前受験できる制度を利用した。結果、大貴は見事に合格した。しかし、それから

数年が経ち、ある日多佳子は『まさこ塾』のあの制度が詐欺だったと知り――。

これは、受験生を持つ親だったら主人公に共感できるんじゃないかなぁ。うちの

姉のところの上の子も、今年高校受験したんですけど(大貴は中学受験なので

またちょっと違うかもですが)、姉も娘の受験前は相当ナーバスになってました

からね。普通に考えれば、100万なんて大金を支払えって時点でおかしいと

気づくべきだとは思うんですけどね。精神状態が普通じゃないと、藁にもすがる

思いになっちゃうんでしょうね。

詐欺だったことを打ち明けた時の夫と次男の反応が正反対で、人間の器の違いを

感じましたね。息子の方がよっぽど人間出来てるよ。優しい子で良かった。夫の

方は、将来的にDVとかしそうなタイプに感じちゃいました。100万は痛い勉強代

として諦めるしかないでしょうね。

 

『あの人のサロン詐欺』

紬は、大人気漫画の原作者の谷嵜レオの名を騙って、オンラインサロンを開催

している。最初はファンの集まりに過ぎなかったが、いつしか創作教室のような

体裁になって行った。もともと谷嵜の大ファンだった紬は、自分が谷嵜として

振る舞うことで、谷嵜と同化したような気持ちになっている。サロンのメンバー

たちも紬を慕ってくれている。その証拠に、嘘だとバレないまま10年が過ぎた。

しかし、ある日本物の谷嵜レオが犯罪を犯して逮捕されてしまい――。

人気漫画の原作者の逮捕、という設定が、少し前に起きた『アクタージュ』という

漫画原作者の逮捕の事件と重なりました。やった犯罪もそれに近いものだし(こちら

の方がまだ軽いものだけど)漫画家の逮捕だと、『るろうに剣心』の作者の事件とかも

ありましたね。『アクタージュ』はすごく好きな漫画だったので突然続きが読めなく

なったのは本当にショックだった。もしかしたら、辻村さんもそういう経験をもとに、

こういう作品を書いたのかな、と思ってしまった。制作者側の何らかの事情によって、

漫画やアニメの続きが観られなくなった、というようなね。夢を与えて来た側の

人間が、こういう事件によって読者を裏切る、というのはやっぱりショックが

大きいですよね。

それにしても、紬が、何の罪悪感もなく谷嵜になりすまして、親すら欺いている

ところにはドン引きしました。どうしてあんなに息を吸うように嘘が吐けるの

だろうか。全く、紬の言動は理解不能でした。まぁ、紬の詐欺を知った後の

谷嵜の言動も理解不能でしたけど。ラスト、ああいう形で助かったとしても、

何らかの後遺症は絶対残ってしまうでしょうね・・・。救いがあるようで、ない

とも云えるラストだなぁと思いました。