ミステリ読書録

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下村敦史「絶声」(集英社)

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下村さん最新長編。これまた、人間同士の醜い腹の探り合いだらけの
気が滅入るようなお話でした。
主人公の大崎正好は、昭和の大物相場師と呼ばれた堂島太平の次男だが、
数年前に後妻だった母親と二人で堂島家から追い出されて以降は安アパート
で貧乏暮らしで生きて来た。その母親も数年前に病で亡くなくなり、
一人で荒んだ暮らしを続けていた。そんな中、家裁調査官の真壁という
男が現れ、七年前に失踪した堂島太平の遺産を正義も受け取る権利があると
話し始めた。太平が失踪してからもうすぐ七年が経つのだが、行方不明者が
失踪後七年経つと、『失踪宣告』が認められ、法律上の死が確定するのだという。
死が確定すると、正好にも太平の遺産を受け取る権利があるのだというのだ。
遺産は、正好の二人の兄姉と分配されることになるという。そこで、失踪宣告
が認められる当日、堂島家に正好と二人の異母兄姉が集まった。三人三様、
金に困窮している現状で、父親の数億という大金の遺産は喉から手が出るほど
欲しかったのだ。
父親の遺産が手に入る午前0時まで後わずか――しかし、あと残り10分
というところで、兄の貴彦がとんでもないことを言い出した。「父さんが
生きてる」というのだ。父親のブログが更新されているというのだ。
一体何が起きているのか――。
父親の遺産をかけた三人の腹の探り合いがまぁ、醜悪なこと、醜悪なこと。

兄も姉も金を手に入れることしか考えていない強欲なだけの人間性で、

その言動を読んでいるだけでイライラムカムカしっぱなしでした。その点では

主人公の正好も似たようなものなのですが、彼の場合はまだ、堂島家から

追い出され、母と二人で苦労して生きて来た分、同情すべき点もあるから、

まだ他の二人よりはましかな、と。
ただ、母親が死んだ後で自暴自棄になって非合法なギャンブルに手を染め、
のめり込んだ挙げ句、借金取りに追い回される羽目になってしまう辺り、
やっぱり堂島家の醜悪な人間性を受け継いでいるのかな、とも思えて
しまう訳ですが。
なぜか更新し続けられる堂島太平のブログには、次々と予想外の告白が
告げられて行く。七年前に膵臓がんに冒されていた太平が未だに生きている
筈はなく、一体誰が更新しているのか。ブログが更新されて行く度に謎が
深まって行くので、一体どうなっているのかと読んでいてゾクゾクしました。
太平のブログに登場するA子の正体は全然わからなかったです。そして、
ブログ自体のある仕掛けも、真相を知って、そういうことだったのか!
って感じでした。太平は業突く張りなだけの老害なのかと思っていたのですが、
そうじゃない一面もあったとわかって、少し救われる気持ちになりました。
息子の貴彦と娘の美智香の本性はどこまでも最悪でしたけど。特に美智香
の性格の悪さには、彼女が口を開く度に辟易させられました。よくもまぁ、
こんな酷い人間に育つものですよねぇ。お金持ちの品性とか全くないんだもの。
使用人の愛子に対する態度も最悪だったし。それだけに、こういう結末に
なって、いい気味、と思ってしまった。こんな人間にお金を渡したって、
ろくな結果にならないと思うな。正好は、真っ当に生きて変な小細工さえ
しなければ、幸せな未来が待っていた筈なのに、結局兄や姉同様の結末
になってしまったのが皮肉だった。これを機に、人生を見つめ直して
やり直して欲しいですね。
シンプルなお話ではあるのだけど、しっかりいくつもの伏線が絡み合って
いて、よく出来ていると思いました。まぁ、好感持てる人物がほとんど
出て来なくて、イヤ~な気分になる作品でしたけどね。