ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

柚木麻子「とりあえずお湯わかせ」(NHK出版)

柚木さんのコロナ前~コロナ真っ只中までの四年間を綴ったエッセイ集。柚木さん

のエッセイ読むのは初めてじゃないかな?NHKテキスト『きょうの料理ビギナーズ

に掲載されたものを中心に、それ以外のところで掲載されたものもちらほら入って

いるもよう。

掲載されている場所が場所なだけに、料理に関するお話も多かったです。作品から

も感じていましたが、柚木さんって、とても料理の知識が広いようですね。御本人

もお料理するのが大好きみたいですし。手間のかかる料理も楽しそうに作って

らっしゃるし、すごいなぁと感心するばかりでした。

コロナ前のエッセイは、柚木さんの食にかける行動力に驚かされましたが(自宅を

ホームパーティするのに開放したり、食べたいものを食べる為ならいろんな情熱を

傾けて実現させようとしたり・・・)、コロナが始まると、生活が一転。ここまで

極端に変わる人も珍しいのでは?というくらいの激変っぷりでした。柚木さん

御本人が肺に疾患があるそうで、とにかく感染対策は徹底的に行わなければ

ならない、という意識が強くて驚かされました。家庭内では、外に仕事に行く

旦那さんとは完全に生活を分けて会わないようにしているし、食材や日用雑貨等の

買い物も、ほぼすべて旦那さんが担当。あれだけ外食が好きだった柚木さんが、

外食どころか、外出自体を全くしなくなるという。そうした激変した生活が、

少しづつ柚木さんの心に影を落として行く。その様子が赤裸々に語られていて、

胸が痛くなりました。しかも、柚木さんは、コロナが始まる直前に出産しています。

旦那さんが激務の為、家事育児はほぼ柚木さんに委ねられた中で始まったコロナ禍。

さぞかししんどかったでしょうね・・・しかも、それが今現在も続いている訳

ですから。朝井リョウさんのエッセイに登場する柚木さんはいつでも明るくて

バイタリティ溢れる女性って印象だったので、コロナがここまで柚木さんの生活に

悪影響を与えているとは、驚きました。

ただ、そうはいっても、どん底まで落ちたところから、後半は時間が進むごとに

少しづつ前を向いて行こうと意識が変わっている様子も伺えました。世間のコロナ

に対する認識の変化もあったと思いますが。株が変わるごとに弱毒化しているのは

間違いないところですし、共存していくしかないという風潮に変わっていますからね。

開き直って、今を精一杯生きるしかないっていうのが、今の日本の共通認識じゃ

ないのかな。まぁ、こればっかりは人にもよると思いますけれどね。

日常を描いたエッセイなのは間違いないのですが、コロナのせいで、全体的な

トーンは暗めだったように思います。ただ、好きな分野のお話に関しては、柚木

さんのバイタリティ溢れる筆致が光っていたと思います。特に食べ物関係のお話は、

描写力があるので、お腹が空いて困りました・・・。

一点、気になったのは、やたらにフェミニズムを主張しているところ。今の世の中で

女性の権利を主張するのも当然の流れではあるのですが・・・こういうエッセイでは、

個人的には、あまりそういう個人の主張を読みたくないんですよね。特に出産した

女性の権利に対する思いが強いようで。終盤に、あるお笑い芸人さんが新幹線の中で

二時間半子供に話しかけ続けた女性が、うるさかったと揶揄して炎上した、という

話が出て来るのですが。確かに、子供がぐずって言うこと聞かなくて仕方なしに

ずっとしゃべり続けていたのかもしれません・・・。ただ、片方の意見だけ聞いて、

どちらが悪いとも言い切れないとは思うのです。柚木さんは当然ながら小さな

お子さんがいるのでその女性を養護しているのですけど。でも、新幹線の中で

寝ようと思っていた人がいて、すぐそばでずーっと話されていて、うるさくて眠れ

なかったとしたら。それはそれで、迷惑なのも間違いない話で。芸人さんの気持ちも

わかるけどなぁと、私は思ってしまいました。子供を抱えたお母さんが大変なのは、

もちろん理解しているつもりですけれど。でも、子供がいない私には、結局想像

するくらいしか出来ないですし、もし私がその芸人さんと同じ立場だったら

うるさいって感じちゃうだろうし。逆に、子供をあやしていたお母さんの立場

だったら、また違った感想になるでしょうけど。ただ、完全にそのお母さんの

味方をしている柚木さんの書き方に、少し違和感を覚えてしまったのも事実でした

(ちょっと何言ってるかわからなくなってきた。すみません・・・)。

どちらにしても、双方、少しづつ相手への気遣いが足りてなかったのかな、と

思いました。

柚木さんの作風とも少しリンクするところがあるような、柚木さんらしいエッセイと

云えるかもしれません。