ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

又吉直樹「月と散文」(KADOKAWA)

又吉さんの最新エッセイ。エッセイを出されるのは10年ぶりなのだとか。意外。

人付き合いが苦手でナイーブな又吉さんの心情が切々と綴られていて、ああ、

又吉さんだなぁって感じでした。

ちょっとしたことで悶々と考え込んでしまい、どんどんその思考は妄想を広げて

行く。繊細といえば繊細なのかな。まぁ、ちょっと面倒なタイプというのは

間違いないかも。オチらしいオチのない文章も多いけど、又吉さんらしい表現が

使われていることが多くて、やっぱり文筆家なんだなぁと思わせられることも

多かったですね。芸人さんですが、あんまり笑えることは書いてない(苦笑)。

面白いエッセイだったら朝井リョウさんの方が上なのは間違いない。でも、月に

関する表現とか、家族、特にお父さんについての文章は心を打つものが多かった。

淡々と語っているけど、きっとお父さんへの想いがとても強いんじゃないかと

感じました。かなりキャラの強いお父さんで、ツッコミたくなるエピソードも

いろいろ。でも、亡くなる時のお話は、心に深く刺さりましたね・・・。

そんなお父さんに振り回されて大変だったのかもしれないけれど、やっぱり最愛

の父っていうのが伝わって来ました。

お母さんはそんなお父さんに振り回されてもっと大変だっただろうけど、一番の

理解者だったんだろうな。破天荒なお父さんに比べて、お母さんはしごく真っ当な

常識人って感じがしましたね。又吉さんのことを絶対否定しないし、どんな時

でも優しく温かく見守ってくれる方って印象です。

印象的だったのは、コロナ禍の時の文章。仕事がなくなって、ほとんど自宅に

いなければならない状況になって、又吉さんもかなり神経質になっていたことが

伺えました。やっぱり、あのコロナ禍真っ只中の時は、みんな大なり小なり

心が疲弊していたんでしょうね・・・。特に、エンタメ業界で仕事をしている

又吉さんのような方なら尚更、仕事が全くなくなってしまったでしょうから・・・。

お店の入り口に置いてある手指消毒用のアルコールで、指で押す部分の汚れが気に

なるとおっしゃっている描写があったりして、消毒等にもかなり神経質になって

いたようです。気持ちはわかるなぁ~って思いましたねぇ。今コロナが開けて

みて、改めてあのコロナ禍真っ只中の頃のことを思い返すと、いろいろと異常

だったなぁって思ったりするんですよね。人に近づきたくないとか、外に出たく

ないとか・・・。人とすれ違うのもちょっと怖い時があったしね。コロナが開けて、

又吉さんもいろいろ変わったところがあったりするのかな。

でも一番びっくりしたのは、小学校三、四年の頃、クラスの問題児だったという事実。

よく学級崩壊って言葉を耳にするけど、それの原因になる生徒とほぼ行動が

変わらない。後に当時の担任の先生に『命がけの指導でした』と言われてしまう

ほどに、又吉さんは問題行動を起こす生徒だったのだそう。集中して授業が聞けず、

途中で外に出て行ってしまって、戻って来なかったり、ずっと座っていられず、

立ったまま授業を受けたり。自分のせいで授業が止まろうが関係なく、くだらない

質問を繰り返したり。今の又吉さんからは想像できないですよね。今だったら、

特定の障害として認定されてしまいそう。その後は落ち着いたらしいですけどね。

人にはいろいろな歴史があるものだなぁとしみじみ思わされました。

たまにフィクションっぽい文章も入って来たりして、純粋なエッセイとは言い難い

けれども、又吉さんらしい、まさに思いつきのまま書かれた散文集という感じの

エッセイでした。