ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

一木けい「悪と無垢」(角川書店)

『1ミリの後悔もない、はずがない』から注目している作家さん。新刊が出たので

予約してみました。

いやー・・・イヤミス通り越してもう、ホラーの域っていう作品でしたね・・・。

一話目二話目辺りまでは、夫とうまくいかない主婦が若くてイケメン(2話目の

男は違うけど)の男に振り回される、よくある不倫ものかぁくらいに思って読んで

たんですが。その先一作進むごとに、自分は一体何を読まされているんだろう?と

だんだんわからなくなって行きました。ただもう、嫌な話を読まされてるって印象

しか覚えなくて。語り手は毎回違うのですが、必ず英利子という得体の知れない女

が登場します。この英利子というモンスターの存在だけが、どのお話でも強烈に

印象に残り、漠然とした恐怖を感じさせました。時系列がバラバラなので、英利子

の年齢もその時々で違い、その印象も違っている。美しい見た目という形容詞だけ

は変わらないけど、息子に対して理解のある明るい母親の姿だったり、年下の女性に

優しく助言してあげる頼りになる友人だったり、孤立する女子生徒が唯一心を許せる

同級生だったり。

そのどれもが、物語の中盤までは明るく優しく聡明な女性として登場するのだけれど、

一見善意の人物に見えるこの女の言動の真実を知った時、そのおぞましさに背筋が

凍りつきました。

世の中には、息をするように平気で嘘がつける人が存在することは知っています。

個人的に、子供の時に『嘘つきは泥棒の始まり』と教えられてきたのが根底に

あって、嘘をつくのが苦手です。そりゃ、軽微な嘘ならつきますけど、できる

ことなら人に嘘はつきたくない。軽微な嘘だろうが、すごく後ろめたい気持ちに

なるし、嘘をつくくらいなら黙ってる方がいいって思う。でも、そうじゃない

人もいるんですよね。何の後ろめたさも、気まずさもなく、笑ってとんでもない

大嘘をつける人間が。その嘘で他人がどれほど傷つくかわかっていても。

いや、わかっているからこそ、それを楽しんで嘘をつく人間が。それが、英利子

という女。自分の身内にさえ本当のことを言わない。言う事なすことすべてが

嘘という、とんでもないモンスター。その、一番の被害者が娘の聖だった。

あんなのが母親とか、もうこの世の地獄ですよね。英利子から逃れようとしても、

どこまでも追いかけて来て。一部の人しか知らない筈の聖のマンションに、勝手に

侵入していた日にはもう。ホラーですよ、ホラー。完全にストーカーだし。怖すぎる。

学生時代のカゲトモ(陰の友達)との話もすごかったけど。なんで、ここまで

人を陥れられるのか。一番怖いのは、英利子のつく嘘は、大抵のものが、本人

には特にメリットもなさそうなものばかりってところなんですよね。ただ、他人が

自分の嘘によって破滅するのが面白いのでしょうね。ある意味サイコパス・・・。

先述したように、時系列が作品によってばらばらなので、どこがどう繋がっている

のかとか人間関係がわかりづらくて、作者が一体何を書きたいのかが、

なかなか把握出来なかった。ただただ、英利子という悪意の塊みたいなモンスター

が強烈な印象を残すだけで。最終話まで読んで、ああ、こういうことが書きたかった

のか、と理解したのですけれども。でも、ちょっとごちゃごちゃしすぎな印象は

否めなかったかな。英利子が気持ち悪すぎて、最後はどうでもよくなってる

自分がいましたね・・・。こんなモンスターに狙われた日にはもう、人生絶望

するしかないでしょう。関わるすべての人間を破滅に導く怪物。タイトルの悪は

英利子のことでしょうけど、無垢ってのは誰を指しているのかな。英利子の嘘

の餌食になった人物みんなかな。それとも、悪意もなく嘘がつけるって意味で、

無垢の方も英利子を指しているのか。うーん、謎。

とにかく、読んでいて嫌悪感しか覚えなかった。どのお話も、不快でしかない。

その分惹きつけられたとも云えるけど、ラストまで読んでも、一片の救いも

なかった。聖はこの先どうなるんでしょう。きっと一生、英利子が死ぬまで、

彼女に囚われ続けるしかないのかも。自分の娘を(話の上で)殺してまで、人に

同情を引こうとするような女ですからね・・・。怖い怖い怖い怖い。ちょっと、

夢に出て来そうなくらい。トラウマになりそうだ・・・。

心が弱い時には、読んではいけません。英利子の闇に引きずり込まれてしまう。

健全な精神を持つイヤミス好きの方は(笑)、ぜひご一読を。