ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

薬丸岳「最後の祈り」(角川書店)

薬丸さんの最新刊。いやー、重かったですねぇ・・・。400ページ超えの長編

ですが、相変わらずのリーダビリティ。いつも思うけど、薬丸さんの作品は

ほんとに読む手が止められなくなってしまうんですよね~・・・。

今回の主人公は、娘を惨殺された牧師の保坂。保坂は、東京の教会で牧師を

しながら、千葉の刑務所で受刑者の教誨師をしていた。近々結婚する予定だった

娘が、ある日無惨な殺され方で死体となって発見された。その後犯人は逮捕

されたが、裁判でも反省の色はなく、死刑判決が下された。娘の無念を晴らす為、

犯人のいる東京拘置所教誨師として雇ってもらえるよう画策した保坂は、娘を

殺した残虐な犯人、石原と対峙することに――。

教誨師として受刑者たちの魂を救済するよう働きかける牧師としての自分と、

娘を残虐な方法で殺された父親としての自分との間で葛藤する保坂の心の迷いや

懊悩が痛いくらい伝わって来て、最終的に保坂が石原に対してどういう判断を

下すのか、最後の最後まで緊迫感があってページをめくる手が止まりません

でした。石原が、保坂の娘を殺した時の様子をぺらぺらと何の罪悪感もなく

語る姿があまりにも残酷すぎて、腸が煮えくり返る思いがしました。実の父親で

ある保坂がそれを聞かされるのは、本当に辛いことだったと思う。反省も後悔も

被害者への贖罪の気持ちも何ひとつ持ち合わせていない石原の態度に、私も

保坂同様、地獄に堕ちて欲しいと願ってしまいました。ただ、本当に死刑が確定

した後の最後の教誨の場面で、保坂がどういう言葉を石原にかけるのか、地獄に

落とす一言を言い放つのか、最後まではらはらさせられました。地獄に落として

欲しいと願う一方で、保坂に教誨師としての職務を全うして欲しい気持ちも

芽生えていて。どういう結末だったら、自分は納得したのか、未だに答えが

出せていません。ただ、最終的に保坂が下した決断は、私は立派だと思う。この点

に関しては、賛否両論ありそうな気がします。教誨師としての自分と、父親としての

自分、どちらが勝ったのかは、読んでそれぞれに確かめて頂きたいです。でも、

母親として被害者と長い時間過ごして来た真里亜がそのことを知った時、どういう

反応だったのかは気になりました。できれば、そこまで書いてほしかった気も

しますが・・・。

日本に死刑制度がある以上、どこかの誰かが本書に出て来たような死刑執行の

仕事をしている訳で。そうした仕事をしている人たちが、どんな思いで職務に

就いているのか、本書を読んで、深く考えさせられました。凶悪犯罪を犯した

残虐な犯人なんか、死刑になって当たり前だと思っていたけれど、それを

執行する人の思いにまでは考えが至っていなかった。どんなに気丈な人だって、

死刑執行に携わる人は自分の手で直接的ではないにしても、人を手にかける

わけであって。苦しまない訳はないんですよね・・・。彼らの苦悩や苦しみが

伝わって来て、胸が塞がりました。犯罪者に罪を償わせる度、誰かの精神が

犠牲になって来たんですよね・・・。

受刑者の精神的苦痛を減らす為、希望者には教誨が行われるということも、

今回初めて知りました。薬丸さんは、社会のこういう知らなかった問題点を

炙り出してくれるから、すごい作家さんだなぁと思います。薬丸さんの作品には、

いつも心に重い課題を背負わせられる気持ちがします。知らないままでいた方が

幸せなこともあるけれど、知らなければ考えることさえ出来ない。こういう問題を

改めて深く考えさせられる機会を作ってもらえるというのはありがたいと思う。

知らずにのほほんと生きていた自分が恥ずかしくなったりもするけれど。

誰かの死刑執行の裏では、いろんな葛藤や思惑が交差しているのだと気付かされる

話でした。

重いけれども、読み応えのある一作だと思います。ぜひ多くの方に読んで

考えて頂きたいですね。