貴志さん新刊。少し前に読んだ『秋雨物語』に続く、『雨』にまつわるホラー
ミステリ集。趣の異なる三篇が収録されていますが、どれもそこはかとない
恐怖が漂っていて、貴志さんらしい良質のホラー作品集になっていると思います。
それぞれにテーマがあって、一作目は俳句、二作目は蝶、三作目は茸。ミステリ
的な面白さなら一作目、幻想ホラー的な美しさなら二作目、読後感の切なさなら
三作目って感じかな。読んだ人それぞれ、好みの作品は分かれそう。個人的には、
一作目の『皐月闇』の、俳句で殺人を炙り出して行く手法には脱帽だった。俳句は
全く素人ですが、TBSのプレバト!を毎週観ていて、いつも芸能人のみなさんの
俳句や夏井先生の添削を楽しみにしているので、俳句を取り入れたこの作品は
非常に面白かったです。
俳句の奥深さも改めて感じることが出来ましたしね。心に疚しいものを抱えた人間が
俳句を作ると、こういう風になるんだなぁって感じ。俳句の師匠と教え子の間の
心理合戦も読ませところの一つ。一見かつての師匠を慕って家を訪れた風を装い
ながら、言葉の端々に冷淡な言い回しを挟み、師匠の罪を暴いて行く姿にぞくりと
させられました。醜悪な言い逃れをしようと目論む師匠の姿はみっともなかった
ですね。
二作目の『ぼくとう奇譚』は、美しさと気持ち悪さが絶妙にブレンドされた作品。
高等遊民で銀座を飲み歩く男・木下美武が、なぜか毎夜黒い蝶の夢を見るように
なり、通りすがりの気味の悪い男から『このままでは死ぬ』と断言されてしまう。
その気味の悪い男は高名な千里眼の賀茂日斎だった。
日斎の言うままに御札を貼った庭の離れに籠城すると、夢の中で黒い蝶は逃げて
行くようになった。しばらくはそれで凌いでいたが、日斎が用事で不在になると、
日斎の代わりだといって、見目の美しい僧侶がやってきた。それを皮切りに、
美武は夢の中で巨大な楼閣に通うようになる。美しい七人の花魁に次第にのめり
込んで行く。やがて、美武はその中から一人の花魁を選ぶよう選択を迫られるのだが
――。
終盤明らかになる花魁たちの正体にはぞっとしました。名前でほぼネタバレしてる
みたいなところはありますけどね(知識のある人はすぐに気づくかも)。タイトル
のぼくとうの意味も最後に明らかになります。うげ~~~。キモチワルっ。
こういうの、貴志さんお好きですよねぇ・・・。貴志ホラーの真骨頂とも云える
作品かも。
三作目の『くさびら』は、奇妙なキノコが家中に生えまくるという奇天烈な印象の
作品。妻子と離れて軽井沢で暮らす工業デザイナーの杉平が、ある朝庭を眺めると、
庭中に奇妙なキノコが生えていた。一心不乱に庭のキノコを掘り起こそうとする
進也だったが、様子を見に来た従兄弟で精神科医の鶴田には、進也のいうキノコは
どこにも見えない。キノコは妻子と上手くいっていない進也の精神状態が原因なの
ではないかと考えるのだが――。
キノコが、ある人物からのメッセージだっとわかるラストは切なかった。キノコ
を巡って、終盤ある人物と立場が逆転するところはお見事としか。完全にミスリード
させられていたなぁ。読者側は、完全に翻弄されると思うなぁ、これ。
どれも、さすがの完成度だった。前作の『秋雨~』よりも私はこちらの方が好みかも。