ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

山白朝子「小説家と夜の境界」(角川書店)

山白さん最新刊。私は小説家のはしくれである。長年この職業に携わっていると、

様々なタイプの小説家に出会うが、彼らの中には、奇人・変人が多い。小説家は、

小説より奇なり――。私は、変わった小説家の話を聞くのが大好きなのだ――。

小説家にまつわる奇妙な話を集めた連作短編集。山白さんらしく、どれも一風

変わっていて、奇抜な話ばかりでした。どのお話もそれぞれに味わいがあって

面白かったです。なんとなく、それぞれのお話にモデルとなる小説家がいるような

気がしなくもなかったりして。モデルではないのかもしれないけれど、ついつい既存

の作家さんに重ねて読んでしまいがちでした。まぁ、こんなヘンテコな作家ばかり

だったら、出版業界は大変でしょうが・・・^^;

 

では、各作品の感想を。

『墓場の小説家』

小説家のO氏は、学園ミステリで人気を博したが、ある時以降、執筆する時、自分

が経験したことでなければ小説が書けなくなってしまった。学園ミステリを書いた

時は、高校のすぐ裏手の一軒家を購入し、隙間から高校生たちを覗き見したり、

夜中に校舎に忍び込んだりして書き上げた。恋愛の『傷心』をテーマにした時は、

自分の奥さんに出会い系サイトに登録させ、様々な男性と浮気をさせた。そして、

最後にテーマにしたのは『死』について。そこでO氏は墓場で執筆することに――。

実際経験したことしか書けない作家とは。O氏の行動がどんどんエスカレート

して行くところが怖かったです。最後のオチにもゾッとしました。

 

『小説家、逃げた』

人気覆面作家Yさんは、恐ろしく筆が速かった。短期間で、どんどんベストセラーを

生み出し、人気作家になった。私は、Yさんがなぜそんなに速く小説が書けるのか

不思議だった。一体、Yさんはどのようにして小説を書いているのだろうか――。

こんな状況に置かれながら小説を書いていれば、そりゃ逃げ出したくもなりますよ

ね・・・。毒親を持ったYさんがただただ気の毒でした。でも、主人公の機転の

おかげで、地獄から抜け出せたみたいで良かったです。ラストで明らかになる、

冒頭の知人と奥さんの正体にほっこりしました。

 

『キ』

私のもとに、読者から相談の手紙が来た。ある小説を古本屋で買って以来、家の

中で動物が歩き回る気配がしたり、犬が鼻を鳴らすような音がしたりするのだと

言う。ネット検索してみると、似たようなケースがいくつも書き込まれている。

更に調べを進めると、体験者が買った小説は、Kという作家のファンタジー小説

であることが判明した。私は、Kという作家についてもう少し調べてみることに

したのだが――。

猟奇的な小説を書いていたKという作家が、周囲の人間の反対にあい、本来書きたい

ジャンルではないファンタジー小説を書かされる羽目になってしまうことで生まれた

弊害の話。Kのイメージは、平山さんとか飴村さんとかを思い浮かべました。周りの

人の決めつけには辟易しました。余計なお世話だっつーの。Kが少しづつ犠牲にする

生き物を大きくしていく過程は、この間読んだ道尾さんのショートショートの小学生

を思い出しました。ぞぞっ。

 

『小説の怪人』

ベストセラー作家X先生の新作の内容は、私がかつて、小説仲間のAさんから

聞かされた小説のアイデアとそっくり同じだった。これは一体どういうことなのか

――。

ベストセラー作家の作品が生み出される秘密にはびっくり。まぁ、実際に、複数の

人で構成された作家の小説は世の中にいくつもありますけども。ここまで極端に

細分化されケースはなかなかないでしょうけどねぇ。ラストで登場した新人作家

のように、X先生の手法は今後も受け継がれて行くのでしょうね・・・。

 

『脳内アクター』

同じ顔のキャラクターが、別の作品では異なる役柄で登場するスターシステムという

作画方法を小説で起用し、人気になった作家がR先生だ。R先生の頭の中には5人

の劇団員がいて、彼らがそれぞれの作品で割当られた役割を演じることで作品を

完成させているのだという。しかし、ある日、R先生は、彼らのことが実際タルバ

として見えるようになったのだという。タルバとは、化身のことで、R先生の目の

前で彼らが脳内から出て来て、歩き回るようになったのだという――。

大好きだった新井素子さんの『・・・絶句。』を思い出しました。ほんとにこういう

話だったよなー、と。キイのことは可哀想だった。私は個性的なキャラばかりの中

だと、意外とこういう普通の子のキャラクターが好きになるタイプなので、読者

だったら、こういうキャラをないがしろにされるのはちょっと腹が立つだろうなと

思いましたね。

 

『ある編集者の偏執的な恋』

D先生は、細身でイケメンだけど、人付き合いが苦手で寡黙な作家だった。そんな

D先生は、ある日あまり付き合いのない出版社から、担当編集が変わったとの

連絡を受ける。ある日、小説の資料として写真集を買って、コンビニに寄って

帰ろうとしたところ、その出版社の新しい担当者という若い女性から声をかけられた。

その日を境に、彼女はD先生の行く先々に現れて――。

思い込みが激し過ぎる編集者にはドン引きでした。っていうか、もう行動すべてが

怖い、と思いました。でも、ラストで、本当に怖い人間は他にいたことを知って、

更にぞっとしました。本当にそれが真実かはぼかされているものの、もしそうだと

したら、D先生は真実を知らないままの方がいいでしょうね・・・。

 

『精神感応小説家』

不法滞在のベトナム人だったN君は、他人に触れるとその人の考えていることが

わかる、テレパシーの能力があった。その能力を買われて、事故で全身麻痺状態の

文豪作家J先生の新作小説の続きを書いてほしいと頼まれた。気難しいJ先生との

コミュニケーションは難しかったが、N君とJ先生は少しづつ心を通わせ合って、

小説を書き上げて行った。J先生はN君を信頼し、最後は遺産の半分を生前贈与したい

とまで言いだした。しかし、ある日J先生の甥を名乗る男が現れて――。

こんな小説の書き方があるとは。N君とJ先生の交流が微笑ましかったです。N君には

何の裏表もなく、本当に謙虚で優しい人柄だったので、ラストにはほっとしました。

そして、J先生のことに関しても。

甥の結末には、自業自得だとしか思わなかったですね。天網恢恢疎にして漏らさず、

当然の結末だと思いました。

この作品が最後だったので、ほっこりした気持ちで読み終えられて良かったです。

 

しかし、実際小説家がこんな変人ばっかりだったら、出版社とか書店員さんとか、

みんな大変になっちゃいますよね^^;作品としては面白かったですけどね。

装丁もなかなか素敵ですね。表紙のサングラスの人、一瞬『タモさん?』って

思っちゃいましたけどね(笑)。