ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

青山美智子「リカバリー・カバヒコ」(光文社)

青山さん最新作。もともと好きな作家さんですが、いつもの如くに王様のブランチ

で取り上げられているのを観て、とても面白そうだったので読むのを楽しみに

していました。

いやー、もう、期待通りの内容でしたね。これ読んで、タイトルのカバヒコを

好きにならない人はいないんじゃない?例に漏れず、もちろん私もカバヒコの

ことが大好きになりました。もーう、読み終えて『カバヒコ~~~~~!』って

叫びたくなりましたよ(笑)。

カバヒコとは何ぞや?と思われた方に説明いたしますと、小さな公園に設置された

カバを模した遊具です。ところどころに塗装が剥げた、古びた遊具。それがなぜに

こんなに愛おしい存在になってしまうのか。読めばきっと同意して頂ける筈。

自分の治したい部分とカバヒコの同じ部分を触ると治るという都市伝説を聞いた

各作品の主人公たちが、カバヒコを通して心も身体も癒やされて行くという

ストーリー。中学の頃のように賢かった頭に戻して欲しい高校生の奏斗、言いたい

ことが言えた自分に戻して欲しい専業主婦の紗羽、耳の不調を治して欲しい

ウエディングプランナーのちはる、仮病を使ったことがきっかけで本当に痛み

出した足を治して欲しい小学四年生の勇哉、老眼になってしまった眼を治して

欲しい出版社勤務の和彦。彼らに共通しているのは、それぞれに身体にも心にも

痛みを抱えていることと、新しく出来た分譲マンション『アドヴァンス・ヒル

の住人であること。悩みや痛みを抱えた彼らは、マンションの近くの公園に

設定された古びたアニマルライドのカバヒコの伝説を耳にして、密かに自分

の悩みを打ち明け、悪い自分を治して欲しいとお願いする。カバヒコは、そんな

彼らの傍らで、飄々とした顔で佇んでいる。カバヒコは願いを叶えてくれるのか――。

彼らが立ち直って行くきっかけを作ったのは確かにカバヒコなのですが、カバヒコ

に本当にリカバリーの能力があるのかどうか、大事なのはそこではありません。

『病は気から』と言うように、本当に大事なのはそれぞれの心の持ちようであり、

自分の中の気づきだということ。カバヒコを通して、それぞれの主人公はその

ことに気づいて、自力で自分の痛みをリカバリーしていくのです。その過程が、

それぞれに丁寧に描かれていて、良いお話だなぁと思いました。古びたアニマル

ライドがなぜカバヒコと呼ばれるようになったのか、なぜ悪いところをリカバリ

出来る能力があるという都市伝説が生まれたのか、その謎はラスト一話で明らかに

なります。ある人物が、ある人物に向けた優しい愛情から生まれたものだった。

なぜ、この都市伝説が広がっていったのか、その理由もわかります。なるほど、

この人が中心となっていたからだったのか、と腑に落ちました。上手いですね。

確かに、各作品で必ず登場している脇役がいますね。

心が折れそうになった時、いつも話を聞いてくれるカバヒコみたいな存在がいたら、

きっと心強いだろうな。私も、カバヒコに会いに行っちゃうかも。老眼なんとか

してください(涙)。

各作品が微妙にリンクしていく円環形式は今回も健在。カバヒコに癒やされた人間が、

今度は違う人にカバヒコの能力を伝播していく。カバヒコの能力が本当かどうか

なんて、誰も本気で信じてる訳じゃない。でも、雨の日でも風の日でも、どんな

時でもそこにいて健気に微笑むカバヒコを見ているだけで、大丈夫だよって言って

もらえる気持ちになるんですね。やっぱり、カバヒコはすごい力を持っているのだと

思う。ところどころ塗装が剥げかけたオレンジ色のカバ。いつまでもそこにいて、

みんなを癒やしてほしいな、と思いました。

あと、カバヒコのことを説明するときの決まり文句、

「人呼んで『リカバリー・カバヒコ。カバだけにね!』」の言葉もユーモアが

あって、出て来る度にくすりと笑ってしまった。

青山さんらしい優しさと温かさに溢れた物語で、私もカバヒコが大好きに

なりました。

どんなに辛いことがあっても、自分次第でリカバリー出来る。そう優しく教えて

くれる素敵な作品でした。