ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

一穂ミチ「ツミデミック」(光文社)

一穂ミチさん最新刊。犯罪小説ばかりを集めた短編集。六編が収録されています。

どれもなかなか読ませる作品ばかりでした。コロナ禍のパンデミックな世の中で

起きる罪深き人々の物語。救いのないノワール系小説ばかりかと思いきや、後半は

救いのある結末の作品が続いて、ほっとしました。やはり、文章がいい。ぐいぐい

引き込まれて、あっという間に読み終えてしまった。一作ごとに、着実に力を

つけている作家さんなのは間違いないと思いますね。近い将来、きっと直木賞

獲られるのではないかなぁ。

 

では、各作品の感想を。

『違う羽の鳥』

大学を中退し、居酒屋の客引きのバイト中、優斗は大阪弁の女と知り合い、うなぎの

寝床のようなカウンターバーに行くことに。そこで、女が名乗ったのは、中学

時代に自殺した同級生の名前だった――。

優斗が知り合った女は、結局何者だったのか。最初読んでた時、もしかして優斗が

自殺した同級生の裏アカに書き込んだことが、彼女の自殺のきっかけだったりする

のでは、と勘ぐっていたのですが、そういう展開にはならず、ちょっとほっと

しました。そうだったら、めちゃくちゃ後味悪い話だよなぁと思っていたので。

とはいえ、彼女の出現の真意は謎のままで、何か得体のしれない不穏なもやもやが

残る読後感でした。

 

『ロマンス☆』

専業主婦の百合は、四歳の娘を愛しく思いながらも、子育てには手を焼いていた。

そんな百合の気も知らず、夫からは早く仕事を探してほしいとせっつかれて、

イライラするばかりの日々だった。そんな中、百合はある日、稀に見るイケメンの

『ミーデリ』というデリバリーサービスの配達員とすれ違う。同じマンションの

ママ友から、ミーデリのアプリ登録情報を仕入れた百合は、早速アプリを登録して

サービスを頼んでみた。その日から、ミーデリでデリバリーを頼むことにはまった

百合は、例のイケメンと出会えることを夢見るのだが――。

百合の精神がどんどん崩壊していくところに背筋が寒くなりました。育児に全く

協力的でない夫の態度にも腹が立って仕方なかったです。いくら専業主婦だからって、

四歳の子供の育児を一人で任せるのはひどすぎる。その上、仕事見つけろって。

そりゃ、百合もイケメンに夢見たくもなりますよね・・・。しかし、四歳の子供に

睡眠導入剤を飲ませてまでミーデリを頼むのは異常過ぎてドン引き。もうその時点で

おかしくなってたんだろうなぁ・・・。最後のオチにぞーっとしました。

 

『燐光』

気が付いたら、あたしは松の木の下にいた。なんでこんな所にいるの?混乱している

と、後ろから自転車が近づいてきた。ぶつかる、と思った瞬間、自転車は通り過ぎた。

そうだ、あたし、死んでた――。とりあえず家まで行こうと電車に乗り、最寄り駅で

降りると、親友だったつばさがいた。つばさはなぜか、あたしが死んだ当時担任だった

杉田先生と待ち合わせしていた。なぜ二人が一緒にいるのか、あたしは好奇心に

かられて二人の後を追うことに――。

能天気に二人の後を追う唯にとって、信じがたい過去が明らかになって行きます。

少しづつ明らかにされていく二人の罪。唯は、ただ無邪気なだけだったのに。

杉田は単なるクズとしか思えなかったし、つばさは同情すべき点もあるけど、一番

罪深い。どこまでも唯にとって救いのない事実に、暗澹たる気持ちになりました。

 

特別縁故者

コロナのせいで、仕事がなくなったおれは、次の仕事も見つからず、怠惰な生活を

送っていた。嫁からは早く次の仕事を探せとせっつかれるが、なかなか希望の職は

見つからない。そんな中、息子の隼が、自宅近くの古い一軒家に住む老人の肩を

揉んだら、旧札の一万円をくれたという。老人の家の箪笥には、同じものがたくさん

あったらしい。おれは、御礼がてらその老人の家に出向き、うまいこと仲良くなって、

あわよくば何かもらえないか画策するのだが――。

どう考えても、主人公の下心は見え見えで、一軒家の老人を騙してお金を奪う展開

になるのかと思ったのですが・・・予想は大きく外れていました。主人公に

人間としての良心がちゃんとあって良かった。基本的には、真面目な性格だった

のがわかりました。老人の正体にはびっくりでしたが。主人公の勇気が、一人の

命を救えて、結果自分にもいいことが降りかかった。情けは人のためならず、ですね。

 

『祝福の歌』

高校生の娘が妊娠した。相手も同じ高校生だという。妻はなんとしてでも堕胎

させるよう説得しろと言うが、娘は頑として産むと言っているらしい。どうした

ものかと思いながら、達郎は定期的に訪れている、一人で住む母親のマンションへ

向かった。ひとりで好きな歌を聴きながら運転出来るこの時間が達郎は好きだった。

しかし、母親は浮かない様子だった。話を聞くと、隣の家の若夫婦の奥さんの様子が

最近おかしいのだという。前は会えば気さくに会話していたが、最近は話しかけると

逃げるように去って行く。顔もやつれているようだ。夫婦のところには、生まれた

ばかりの赤ちゃんがいる筈なのだが、その子の姿も見かけたことがないという。

一体隣の夫婦に何が起きているのか――。

隣の奥さんがどういう経緯で達郎や母親が自分たちを監視していると思い込んだ

のかは、謎のままでしたが、やっぱり精神的におかしくなっていたから、ささいな

ことで思い込んでしまったのでしょうね。彼女もまた、コロナやウクライナ侵攻

の被害者だったのは間違いないでしょう。ただ、だからといって、達郎の母に

したことは許しがたいことですが。こんな世の中だとしても、達郎の娘の子供には、

無事生まれて来て欲しい。そして、幸せになってほしいと願います。

 

『さざなみドライブ』

良く晴れた土曜日、SNSを通じて、ひとつの目的のもと集まった僕らは、目的地へと

ドライブを開始した。年齢も性別も身分もばらばらな僕ら。なぜ、この集まりに

参加しようと思ったのか、それぞれ理由を語っていく。僕は、自分の番が来たら

どうしようと焦り始めた。なぜなら、今世間を恐慌に陥れているこのパンデミック

僕が引き起こしたからだ――。

主人公の『罪』は事実なのでしょうかね。単なる偶然にしては出来過ぎているのは

間違いないでしょうけど。デス〇ートみたいな感じ?(読んだことないけど^^;)。

終盤、あの人物の裏切りに関しては、やっぱりね、って感じでした。あの時点で、

仲間たちに飲み物を飲ませた時点で怪しいと思いましたもん。みんな、疑わないで

飲んじゃって大丈夫かな・・・と思ってたらあの展開だったんで。ていうか、

気づいていた人物、みんなが飲む前に教えてやれよ、と思いましたけどね。もし、

あれが毒だったらどうするんだか。

とにかく、みんなが実行する前に大事なことに気づけて良かったです。主人公が

人生に絶望して、世界滅亡の物語を書く日が一生来ないことを願うばかりです。