ミステリ読書録

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千早茜/「からまる」/角川書店刊

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千早茜さんの「からまる」。

もがき迷いながら“いま”を生きる7人の男女たちが一筋の光を求めて歩き出す―。視点が切り
替わるごとに、それぞれが抱える苦悩や喜び悲しみが深まってくる。からまりあう男女を描いた、
7つの連作集(紹介文抜粋)。


『魚神』『おとぎのかけら』に続く千早さんの第三作目。やー、良かった、良かったよ、これ。
七つの短編が収められていますが、それぞれ微妙に人物関係がリンクしていて、前の作品で脇役
だった人物がその後の作品で主役になって、また次の作品では脇役として登場したり、名前だけ
出て来たりして、七編すべての作品が繋がっています。一作目とラストの作品の繋がり方も
巧いなぁ、って感じ。タイトル通り、様々な男女がもつれて絡みあって一つの作品に仕上がって
いる。それぞれの話で主役になる人物は、みんなそれぞれに悩みや迷いを抱えて『いま』
生きています。その中で、出会う人やささいなきっかけを通して、ほんの少し明るい光を見つけて
行く。ゆらゆらとぼんやり生きる中で、自分に必要な何かがわかって行く。それぞれのキャラ
造形がまた巧い。いろんなタイプを持ってきつつ、みんなどこかしら厄介な性格を持っていて、
共感出来ない部分もあるのだけど、最終的には光を見つけたその人物に好感を持ち、応援したく
なっている、という。脇役の時には何を考えているかわからなかった人物が、主役になることで、
思わぬ一面や、人知れぬ悩みを持っていることがわかるってところも良かったな。この辺りは、
少し前に読んだ三浦しをんさんの『木暮荘物語』に似ているかも。本書でも怠惰な性生活のことが
出てきたり、恋愛にだらしないキャラが出てきたりしているし。ラスト一作の生と死を扱った
作品では、辻村深月さんの『ツナグ』を思い出しました。ただ、既存作品に似た雰囲気を
持っているけれども、しっかり千早さんオリジナルの良さが出ていて、とても気に入った連作集
でした。



以下、各作品の感想。

第一話『まいまい』
役所で働く武生が主人公。感情の欠落したような女との微妙な関係。面倒事を避けるタイプの武生
には丁度いい『都合のいい女』だった筈なのに、終盤、その関係があるきっかけで崩れるところが
良かったです。武生には最初全く好感持てなかったのだけど、最後の必死な姿を見て考えが
変わりました。係長への一言も良かったですね。

第二話『ゆらゆらと』
一話目の主人公・武生にふられた恋愛にだらしない女・田村が主人公。身近にいたら絶対友達に
なりたくないタイプだけど、華奈子みたいに、懐いて擦り寄って来られたらほっとけなくなっちゃう
のかも。

第三話『からまる』
武生の上司で釣り好きの係長が主人公。浮気をした奥さんとの冷えた関係が、浮気相手の女子高生
の娘との出会いによって少し変化を齎したところが良かった。一緒に住んでいるのに、一緒に
居るのが苦痛な関係なんて寂しすぎるもの。イソメの蠢く描写が気持ち悪かった・・・。一話目と
ラストシーンが被っているところが巧い。

第四話『あししげく』
武生の姉が主人公。夫・篠田との馴れ初めが描かれます。出会いのきっかけこそあまりいいもの
とは言えないけれど、素直になれない男と女が一緒になるきっかけのシーンは素敵でした。クール
に見えた篠田の素顔が最後に崩れるところが好きでした。ラストの母と息子のシーンもいいな。

第五話『ほしつぶ』
武生の甥・蒼真が主人公。一話目で出て来た蒼真の金魚殺しの真相が描かれます。一話目で
話だけ聞いた限りでは、精神的に不安定な危うい子なのかと思ったけど、その真相はある人物
の為のものでした。やり方は少し間違ってしまったけど、本当は心優しい子なんですよね。
篠田夫婦の子供なんだから、それもうなずけますね。ほしのすなをくれた老人とのシーンが
とても良かったです。

第六話『うみのはな』
第二話の主人公・田村の友達で、第五話の主人公蒼真の家庭教師の華奈子が主人公。田村の話
では、男に興味のないレズ女なのかと思ってましたが、実はそう装っているのには重い理由が
ありました。これは男が悪いなぁ。早く忘れて幸せになって欲しいな。でもこの関係じゃ、
忘れようがないけどね・・・。

第七話『ひかりを』
一話目に出てきた主人公・武生の部屋に来る謎の女が主人公。正体は新米の女医さん。酸素の管を
つけた老人・大原さんとの関係が良かったなぁ。ラストは当然のことの如くに読めてしまった
けれど、切なくて悲しくて、でも最後は光があって良かったです。このラストが一話目に繋がって
行く構成もお見事。武生に対する本当の気持ちもわかって嬉しかった。お互いに無関心を装いながら、
本当は深く関わりたくて仕方なかったのですね。傷つかないように決定的な場面で微笑んでしまう、
彼女の気持ちが痛い程わかりました。





『魚神』とも『おとぎのかけら』とも雰囲気が違うけれど、水の中にいるかのような、何か
圧迫感があって足元が覚束無いような、不安定でゆらゆらしていた現実の中で、あがき、もがき
ながら必死に生きる人々の様子がリアルに描かれていたと思います。前ニ作のファンタジックな
要素はなくなったけど、全部の作品に何らかの無脊椎動物がモチーフとして出て来て、気味が悪い
けれど必死に生きている様子が、現実に生きる人間たちとオーバーラップして、ぞわぞわした
ちょっと不気味な雰囲気を作り出していて効果的でした。独特の雰囲気作りが巧いですね、この方。
とにかく、人物関係や構成の巧さに唸らされました。何気ない日常を描いているという意味で、
どれも派手な話ではないのだけど、読み終えて素敵な作品を読んだなぁと素直に思える一冊だと
思います。
文章も、一作ごとにこなれて巧くなっているのを感じます。表現力も独自のものを持っていて、
とても好きだな。これは今後に期待出来そうだ。