夏川さん最新刊(かな?多分)。今回も当たり前のように医療がテーマですが、
いつもと違うのは、舞台は長野ではなく京都ってところ。京都のはんなりした
雰囲気が、長野を舞台にしたものとはまた違った魅力で良かったですね。とはいえ、
主人公の雄町哲郎自身は関西弁(京都弁?)を話す訳ではありませんが。それも
そのはず、もともとは東京出身で、大学も東京、京都に移り住んだのは六年前
ということなので、周りに影響されずに標準語をしゃべってるのでしょうね。
かつては大学病院で凄腕の内視鏡手術医として活躍し、将来を嘱望された存在
だったが、シングルマザーだった妹の死をきっかけに、彼女の一人息子・龍之介の
面倒を見る為大学を離れ、現在は京都の町中にある小さな病院の内科医に
収まっている。哲郎は今の自分の立場に不満はないが、大学病院時代に一緒に
難手術に立ち会った准教授の花垣からは、その腕を惜しまれ、ことあるごとに
大学に戻って来るよう誘われている。のらりくらりとその誘いを交わしていると、
ある日、花垣から研修と称して、大学から南茉莉という女性が送り込まれて来た。
南は、始めは哲郎の医療への取り組み方に疑問を覚え、不審を隠さずにいたのだが
――。
いろいろな角度から現在医療の現状を描いており、相変わらず読み応えがありました。
哲郎の医療への取り組み方を、哲学者のスピノザの思想と絡めたところは面白いな、と
思いましたね。『神様のカルテ』シリーズも、文学と絡めて医療を描いていたので、
この作者は、そうした他ジャンルと医療を組み合わせるのがお好きなのかな~
と思いましたね。まぁ、医者という存在自体が、いろんな思考を必要とするから
かもしれませんけども。
優秀な内視鏡医として活躍していた哲郎が、あっさり妹の忘れ形見の龍之介との
生活を優先して、小さな町医者になったという設定がいいですね。まぁ、医療界
にとっては重大な損失なのかもしれませんが・・・。龍之介君もとっても良い子で、
できる限り伯父の負担にならないよう料理を覚えたりするところが健気で好感持て
ました。二人が一緒に出て来るシーンはそう多くはないのだけど、哲郎の龍之介
君に対する深い愛情を感じて、微笑ましかったな。妹を失った哲郎にとっても、
母を失った龍之介にとっても、お互いの存在は救いだったんじゃないだろうか。
大学病院にいたら、たしかにもっと華々しく医療界で活躍出来ただろうし、出世も
していたのだろうけど・・・。そこに未練がない訳ではないけれど、龍之介君との
生活を失ってまで得たいものでもないというのが伝わって来て、心が温かくなり
ました。それに、今いる京都の地域病院の中でも、哲郎は必要不可欠な存在に
なっている訳だし。哲郎の診察を待っている人がたくさんいて、彼が心の拠り所
となっている人もいる。余命僅かな患者に対しても、その人にとって最善の処置を
して、迷いながらも、その人の最期に寄り添う、哲郎の医者としての真摯な姿は、
自分も、最期はこんなお医者さんに診てもらいたい、と思えるものでした。時には
冷淡に思える姿勢でも、最後にはそれが必要なことだったとわかるし。研修医の
南さんも、最初は哲郎に不審の目を向けていたけれど、哲郎のやりたいことが
わかり、その腕の確かさを目にした後では、わかりやすく態度が変わりました
ものね(苦笑)。まぁ、そんな彼に惹かれるのはわからなくはないなーと思いました。
終盤の、哲郎が大学病院に紛れ込んで難手術の手助けをするシーンは、緊迫感が
ありつつ、哲郎の鮮やかで的確な指示に胸を掴まれました。かっこいい・・・!!!
これは惚れるわー、と思いました(笑)。また、かつてバディを組んでいた花垣
先生との信頼関係にも、ぐっと来ましたね~。また、二人で難手術に挑む姿なんかも
読んでみたいなぁ。哲郎は、確かに、小さな町病院の内科医で収まるには勿体ない
人ではありますよね。ま、能ある鷹は爪を隠すという姿勢がまたかっこいいの
だけれどね。
現代医療に必要な何かがさらりと描かれていて、医療ものに抵抗がある人にも
読んで頂きたい作品ですね。多少難解な医療用語も出ては来ますが、そこは
医療もののご愛嬌ってところで。基本的にはとても読みやすい、医療を通した
人間ドラマの良作だと思いました。