ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

雫井脩介「互換性の王子」(水鈴社)

初の雫井小説。意外に思われる方もいるかもしれませんが、今まで何となく避けて

来た作家さんなんですよね^^;『火の粉』が話題騒然となった時、予約が多かった

せいだったか読み逃して、そのままなんとなく敬遠する作家さんになってしまって

ました。ではなぜ、今更本書を手に取ったかと言いますと、この表紙のコアラの

絵が気になって仕方なかったからです(笑)。自他ともに認めるコアラ好きとして、

書店で本書を見かけて、速攻で図書館予約せずにはいられませんでした。なぜに

コアラがスーツを着ているの?主人公はコアラなの!?と謎は深まるばかり。

ただ、書店でパラパラ中身を見る限り、コアラらしき要素はひとつも出て来なかった

のですが・・・^^;

まぁ、とにかく、そんな邪な動機から読み始めた作品でしたが、読み出すと

ぐいぐい惹きつけられて読む手が止まらなくなる面白さでした。どちらかというと、

池井戸さんみたいな企業エンタメ小説でしたね。残念ながら、読めども読めども

コアラは一切出て来ませんでしたが・・・。

主人公は中堅の飲料メーカーシガビオの御曹司・志賀成功。三十手前で事業部長

に抜擢され、近い将来取締役就任確実と目され、プライベートでは意中の女性

との交際も順調に進行していて、まさに順風満帆の人生を歩んでいた。しかし、

そんなある日、成功は突然何者かによって別荘に監禁されてしまう。誰がなぜ、

どんな目的で――?半年の監禁生活の後、なぜか突然解放された成功が会社へ

戻ると、社内の雰囲気は一変し、しかも成功のポストには、なぜかほとんど会う

こともなかった異母兄の実行が我が物顔で居座っていた。成功の監禁は義兄が

仕組んだものなのか――。しかも、実行は成功の想い人・山科早恵里の心をも

掴みつつあるらしい。すべてを奪われた成功は、奪われたものを奪い返す為、

復権をかけて立ち上がる――。

企業でのポストをかけて兄(義兄ですが)と弟が戦う、ノンストップ企業エンタメ

作品。てっきり私は、冒頭に出て来た成功の監禁事件の謎を解いて行く物語

なのかと思ったのですが、そこは驚くくらいあっさりと犯人が明らかにされて、

拍子抜け。まぁ、あんなゆるい監禁手段を取るくらいだから、成功に悪意を

持つ人間の仕業ではないだろうとは思ってましたけど・・・。いろいろと腑に落ち

ない気持ちを抱えて読んでいたので、犯人の真意がわかって溜飲が下がった

ところはありましたけどね。

本書の読みどころは、それよりも飲料メーカーとして、新しく発見した乳酸菌を

いかにしてヒットさせるか、それを兄弟間で競い合う企業小説の部分かなと思い

ます。そこに恋の駆け引きなんかも加味されて、読み応えのあるエンタメ小説

になっていると思います。成功と実行はライバル同士でバチバチし合う訳ですが、

どこかでお互いに兄弟として認め合っているのが伺えるんですよね。終盤は、

いけすかないライバル会社の御曹司の汚い横槍に、二人で協力し合って対抗する

シーンなんかも出て来ますし。お互いに距離は取っているけれども、なんだかんだ

でいい兄弟なのかな、と思えましたね。仲がいいとは、口が裂けても言えないです

けど。

最後、社長が下した二人それぞれの処遇は、意外なものでした。でも、社長の

真意を知って、最善の判断を下したことがわかって、胸が熱くなりました。社長

にとっては、どちらも大切な息子なんですよね・・・。最後は収まるべきところに

収まった感じ。やはり、企業のトップにいるべき人は見る目が違うな、と感心

させられました。

兄弟二人が好きになる山科嬢、私はあまり好きなヒロインではなかったです。

それよりは、成功に想いを寄せる星奈の方が、キャラとしては好きだったかも。

だから、あの結末はちょっと残念ではありました。

残念といえば、もうひとつ。最後の最後まで、結局作品内にコアラは出て来なかった

ことです(笑)。この表紙は一体なぜコアラなのか。イラストレーターさんに

聞いてみたいです・・・。そこが、本書最大の謎だったかも(笑)。

まぁ、作品としては完璧なエンタメ企業小説で、とても面白かった。映像化

しやすそうな内容だから、そのうち日曜劇場とかで取り上げられるかも?

最近個人的にも乳酸菌飲料に注目しているから、シガビオが出した新製品も

試してみたくなりました。新製品がいかにして商品化されるのか、その過程なんか

もすごくリアルに描かれていて、興味深かった。メーカーに勤務するのは

大変そうだけど、それだけにやりがいもありそうな仕事だなぁと思いましたね。