ミステリ読書録

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夏川草介「勿忘草の咲く町で~安曇野診療記~」(角川書店)

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夏川さんの新シリーズ(多分)。ただ、今回も長野県の病院を舞台にした医療もの

というところは共通しています。神様のカルテシリーズとのリンクもあって、

あちらのシリーズのファンには受け入れやすいのではないかな。今回は看護師の

月岡美琴と、彼女が勤める信州松本の病院に研修医としてやって来た桂正太郎、

二人の視点が交互に入れ替わる、ダブル主人公形式。正義感の強いしっかりした

美琴と、実家が花屋という異色の経歴を持つ正太郎、二人それぞれのキャラが

立っていて、二人とも医療に対して真摯に向き合う姿勢に好感が持てました。

『神様~』シリーズと違うところは、こちらの病院は高齢の患者の割合が多く、

終末医療の患者もたくさん抱えているところ。それゆえ、病院で最期を

看取る場合も多い。手の施しようがない患者には延命措置を施さず、そのまま

何もせず見送ってあげるべきだという医者もいる。けれども研修医の正太郎は、

残された家族のためにも、少しでも長く患者を生かしてあげるべきではないかとも

思えて、医者として何が正しいのか苦悩する。明るく真っ直ぐな性格の美琴は、

次第に、悩める正太郎の心を明るく照らしてくれる大事な存在となっていく。

花を通じて、少しづつ心を通わせて行く二人の恋愛模様も読みどころの一つです。

高齢の入院患者が食べ物を詰まらせて亡くなった件で遺族と揉めた際、緊急に

行われた院内会議での美琴の毅然とした言動には、頭が下がる思いがしました。

見舞金でお茶を濁してやり過ごそうとする上の立場の人々に対して、医療の

エキスパートである病院側が責任を持って遺族に事実を説明するべきだと臆せず

発言する姿がとても格好良くて、スカッとしました。とても看護師三年目の

若い女性の発言とは思えなかった^^;しっかりしているなぁ。私も、病気に

なったら、こういう看護師さんがいる病院に行きたいです。

院内での花の扱いに関する顛末には、ちょっとご都合主義的なものを感じて

しまいましたけどね。あちこちに花を飾ったくらいで、頭の硬いオジサンたちの

心がそんなに懐柔されるとは思えないんだけど・・・。でも、お花が人の心を

癒やしてくれるものだという点に関しては、もちろん共感出来ますが。

カタクリの花ってどんなのかイメージがわかなかったので、ネットで検索

しちゃいました。小さいシクラメンみたい。可愛らしい。そんなに貴重なお花

だとは。いつか、群生したところを見てみたいです。

勿忘草はなんとなく思い浮かんだのだけど、一応こちらも検索。小さな青いお花が

可憐ですねぇ。愛らしい。

今後は、研修先が大学病院に移った正太郎とイチさんが出会うシーンなんかも

描かれるのかなー。せっかく出会えるチャンスだった飲み会では、引きの栗原が

健在だったせいで、会えずじまいでしたからね。まぁ、そこもイチさんらしい

とは思うけれどね。

今回も、綺麗事だけではない医療の現状をとてもリアルに、真摯に描いていると

思いました。高齢化社会の現代を象徴するような、心にずしんとくる一作でした。