ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

西澤保彦/「春の魔法のおすそわけ」/中央公論社刊

西澤保彦さんの「春の魔法のおすそわけ」。

気がついたら、九段下にいた。鈴木小夜子は、自分が今、何故ここにいるのかすっかり
記憶を失っていた。昨夜飲みすぎたのが原因らしい。完全に二日酔い。とそこで、自分が
持っているバッグがいつも自分が使うものでないことに気がついた。どうやら電車の中で
隣の人のバッグと間違えてもってきてしまったらしい。財布も部屋の鍵も全てあの中――
なにもかもが嫌になった小夜子は自暴自棄になりかける。とりあえず持って来てしまった
他人のバッグの中身を確かめると、なんとそこには二千万円の現金が。全てがどうでも
よくなった小夜子は、この現金を一夜で使ってしまおうと決意する。何に使うか考え
ながら千鳥が淵まで辿りつくと、壕の石段に美青年が腰掛けていた。小夜子はそこで
二千万円の使い道にひらめいた。この青年をこの金で買う――そこから、小夜子と青年の
奇妙な一夜が始まった。


題名からほのぼのファンタジックな話なのかと思ったら、まんまと騙されました。まぁ、
西澤さんがそんな話を書く訳がないとも思いましたが・・・。主人公小夜子は40過ぎの
女流作家。若い頃の失敗が原因で婚期を逃し、両親も他界した今寂しい一人暮らし――
とにかくこの主人公が荒んでいる。作家としての仕事もいまいちで、嫌な作家仲間からは
嫌味を言われ、人生に疲れ果てているという、かなりイタイ女性。この女性心理描写が非常に
巧みで、決して性格がいいとはいえないのですが、ついつい感情移入して読んでしまいました。
ストーリー展開としてはそんなに目新しいものはないのだけれど、40過ぎのおばさんと
美青年がこの後どうなるのか気になって一気読みしてしまいました。面白かった。
そして、ラストのすべてのからくりが明かされるところは素直に感心。ほぉほぉ、成る程。
ちゃんと繋がっている。そして、美青年の性格の良さにほろり。西澤さんには珍しく、ラストは
そのタイトルにふさわしく爽やかで優しさに溢れていて良かったですね。ただ、らしいところは
やっぱり主人公の根底にはレズビアンの意識があるところですが。そこだけはどんな作品にも
共通なんですねぇ。まぁ、その設定がこの作品の質を落としているとかそういうことは一切ない
ので、ご愛嬌という感じでしょうか。

多少下品な表現等もあるし、重厚なミステリでもありませんが、人生に疲れた中年女性が
前向きに生きれるようになる奇跡の一夜を西澤さんらしく描いた良作です。気楽に読めるので、
重い作品の後などには良いかもしれません。