ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小路幸也/「東京バンドワゴン」/集英社刊

小路幸也さんの「東京バンドワゴン」。

下町の一角、築七十年にもなる今にも崩れ落ちそうな日本家屋の古本屋 < バンドワゴン >。
創業十八年にもなるこの古本屋を支えているのは総勢9名からなる堀田家。上は七十九歳
から下は十歳までの四世帯の大家族。皆それぞれ一癖あるが、気は優しい粋な奴らばかりだ。
たくさんの人が入れ代わり立ち代りするこの古本屋には、さまざまな厄介ごとが持ち込まれて
くる。ある日、三代目店主の勘一が店に引き取った覚えのない百科辞典が二冊持ち込まれて
いることに気がついた。しかし、次に気付いた時にはその百科辞典は消えていた。調べてみる
と、どうやら近所の小学生が朝百科辞典を持ち込んで、夕方には持って帰っているらしい。
この小学生の目的とは?懐かしくて優しい、下町の日常を描いた家族の物語。


久々小路さんです。今までの小路作品は、ミステリを書いてもどこかファンタジックで、
御伽噺的な作品が多く、正直苦手なものもありましたが、今回舞台は現代、でもちょっと
懐かしい香り漂うほのぼのホームドラマ。情緒溢れる古本屋の雰囲気がなんとも言えず良かった
です。古本屋の隣にカフェが併設されてる辺り、現代を意識して書かれてる感じもしますが、
このカフェを切り盛りしている女性陣もなかなかの傑物揃い。登場人物が多いので、途中多少混乱
した部分もあるのですが、堀田一族はどの人物も魅力的。それぞれくせがあってかなり
変わった家族であることは間違いないですが、下町人情という言葉がぴったりの素敵な人間
関係に、読んでて温かい気持ちになりました。こんな古本屋が近くにあったら毎日でも
通うでしょうね。チェーン店の大型古本屋が主流の現代、昔ながらの老舗古本屋の生存競争
は激しいのでしょうが、かつての情緒を受け継いだこういうお店はずっと残っていって欲しい
なぁと思います。といっても、私の住んでる街にはこの手の素敵な古本屋などほとんど存在
しませんけど^^;

これぞホームドラマ!といった作品で、それぞれのキャラも立っているので、いかにも
ドラマにして下さい!と言わんばかり。作者自身、最終ページに「あの頃、たくさんの涙と
笑いをお茶の間に届けてくれたテレビドラマへ」という一言を沿えているので、昭和の時代の
ホームドラマが念頭にあった上でこの作品を書かれたようです。きっとそれぞれのキャラにも
なんとなくモデルの俳優なんかがいそうです。特に伝説のロッカー我南人なんかは内田裕也
辺りがぴったりという感じ。それぞれのキャラを自分なりの俳優に当てはめて読むとまた
面白いかもしれません。

堀田家以外のキャラもいい味出してる人ばかり。特に画家のマードックさんが好きですね。
上手く行き過ぎて安易な展開だろうが、藍子さんとの今後はハッピーエンドであって欲しい。
マードックさんの言葉はたどたどしいけど(文字にするとひらがなばかりだし)、人間の本質を
見抜いているような鋭い言葉で、とても胸に響きました。国境なんか関係なく、気持ちで繋がって
いる人間関係っていいなぁと思いました。

そしてこの小説の優れているところは、何より語り手の存在でしょうね。温かく皆を包み込む
ような優しい語り口がこの物語にはぴったりです。浮世離れしていて、でも時折鋭い観察眼で
はっとさせられる。きっとこの人の存在があるからこそ、堀田家は様々な紆余曲折があっても
のんびり平和でいられるのでしょう。とても素敵な存在ですね。

優しく温かく懐かしい。そんな気分にさせてくれる、情緒溢れる風変わりな家族の物語。
是非たくさんの人に読んで頂きたい作品です。