ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

篠田真由美/「緑金書房午睡譚」/講談社刊

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篠田真由美さんの「緑金書房午睡譚」。

ある理由から高校に通うのをやめ、自宅に引きこもって本ばかり読む毎日を続けていた木守比奈子。
しかし、W大の英文学教授である父が、シェークスピアの研究者として一年間の研究休暇を取って
イギリスに行くことが決まり、亡くなった母方の遠い親戚が営む古本屋『緑金書房』に預けられる
ことに。本が大好きな比奈子は、古本屋での下宿に胸を踊らせるが、行った先は年齢不詳で時代
錯誤な格好をした無愛想な青年と、言葉をしゃべる不思議な猫がいる謎だらけの古本屋だった――
あらゆる本好きへ贈る古書ファンタジー


久々篠田作品。実は建築探偵の最後に出た作品を読み途中のまま放ったらかしてあるのですが^^;
まぁ、それは置いておくとして、本書は図書館の新刊案内に書名が出たのを見て絶対読みたい!
と思ってチェックしていたのですが、ラッキーなことにタイミング良くいつも行く地域図書館の
新刊コーナーでゲット。私が借りた後で何人か予約が入ったようで、本当に紙一重の差で借り
られて良かったです。だって、本好きとしてはいかにも心惹かれるタイトルではないですか。
これはきっと古書店を題材にしたファンタジーかミステリーに違いない!と期待して読み始め
ましたらば、期待通りの古書店ファンタジーでありました。ただ、ミステリー要素はほぼ皆無。
ちょっぴり主人公の比奈子が謎解きめいたことをするシーンも出ては来るのですが、ジャンルで
云えば古書店を舞台にした異世界ファンタジーと云って差し支えないでしょう。度々出て来る
あちらの世界は、作中でも何度も引き合いに出される『ナルニア』がモデルなのではないかと
思われます。『ナルニア国物語』は、原作は読んでいないけれど映画は観ているので、主人公
の少女がタンスの中からナルニアの国に迷い込むくだりは知っているので、比奈子が緑金書房
からあちらの世界に行く過程はまさにナルニアの冒頭を彷彿とさせました。あるいは、
不思議の国のアリス』のアリスを思い浮かべても良いかもしれません。ナルニアにしても
アリスにしても、凶悪な女王がその世界を支配しているように、比奈子が体験するあちら
世界でもやっぱり、強力な女王がその国の支配者として君臨しています。ただ、ナルニア
アリスのように異世界での体験が物語の大部分を占めるのではなく、本書ではあくまでも現実の
緑金書房での体験がメインの物語。核となるのは、学校に行かなくなってしまった比奈子の心の成長。
学校にいかなくなったことで頑なになった比奈子の心が、緑金書房での仕事や、店主の緑朗さんを
始めしゃべる猫のロクさん、ミステリアスな少女ミドリと出逢い、不思議な体験を重ねることで
いかに殻を破って未来を切り開いて行くのか、という一人の少女の成長期として読むべき作品
でしょう。あちらの世界に関しては、正直風呂敷を広げ過ぎてしまって、ラストは結局その
風呂敷がたたまれ切れずに終わってしまった印象もありました。終盤の駆け足の補足説明だけ
ではちょっとその辺りは処理しきれなかったって感じ。ただ、そこでも触れられているように、
書かれ切れていない部分はいつか続編で語られることになるのかもしれません。個人的には
是非とも書いて欲しい。クロさんの存在もちょっと書ききれてない感じだし。せっかくの
話せる猫って設定が全く生かされてなかったのが残念^^;しかも、猫じゃない時とは性格が
かなり違うので「本当に同じキャラ?」と疑問に感じてしまった。

それに、比奈子がなぜ学校に行かなくなったのかという肝心な理由には拍子抜けでしたし、上記に
述べたように終盤は駆け足で無理矢理収束させようとしたせいか、いくつもの謎が残されたままで
消化不良に感じなかった訳ではありません。でも、比奈子の頭の片隅にあった、ある少年との
過去の記憶の真相が明かされるくだりは、ベタだけどニヤニヤしてしまいました。この辺りも
含めて、全体的にはかなりYAというか、ラノベに近いかも(表紙からしラノベっぽいけど^^;)。
ファンタジーだと思って油断していたら、ラストで実は思いっきりベタな恋愛小説でもあったんだ
なぁと苦笑い。なんとなくそっちの方向に行かせたいのかな、というのは途中からもちょこちょこ
感じていたのだけれど、まさか本当にラストで一気にそういう展開に持って行くとは。ちょっと
意表をつかれました(かなり直球ではあるんだけどね^^;)。まぁ、私個人としてはこういう
ベタなのが大好きなので、楽しめましたけどね(笑)。

それにしても、本好きとしてこういう作品はやっぱり読んでいて胸を突かれるシーンやセリフが
多い。古本屋が、古い時代の作品を扱っているかそうでないかで呼び方が違うなんてことも
知らなかったし、終盤の比奈子とある少年の古本屋にまつわる会話なんて、本好きにはたまらない
言葉ばかり。そうそう、たくさんの書架から自分のための一冊を探し出すのって、本当に宝
探しみたいにワクワクするんだよね!って少年の言葉に深く頷きたくなってしまいました。

とても心に響いた、古本屋に関する少年の素敵な言葉をちょっぴり引用。


『図書館も、新しい本を並べた本屋も好きだけど、古本屋さんはやっぱりそれとは別だよ。
なんていうんだろう、一冊一冊が特別なんだ。同じ本なんてない。それはやっぱり、本が
経験を積んでいるとでもいうしかない。時の流れが染みこんで、それに耐えて生き残ってきた
古い本の声は、小さいけど響きはみんな違って、耳を澄ませてみればずっといろんなことを
教えてくれる。そういう本が一杯詰まった古本屋さんで、自分のための一冊を探すのは
すてきな宝探しだよ』


私は図書館派だけど、やっぱり古本屋さんに行くのも大好きなので、少年の言葉の意味するところは
実に良くわかるなぁ。古い本にはその本それぞれの歴史が刻まれていて、その本を欲する人が
現れてくれるのをきっと秘かに待ち望んでいるんですよね。


これを受けた比奈子の心の中の言葉も胸に残りました。

本は精巧な記録装置で、タイムマシンで、異世界へ通じる扉だ。時も、次元も、自在に飛び
越える。決して裏切らない友達で、辛抱強い先生で、道を指し示してくれる老賢者でもある。


もうまさに、本ってそういう存在ですね。どんな時でも本は裏切らないし、たくさんのことを
教えてくれる心強い先生であり友達。唯一無二の存在です。

ファンタジーとしては少々未完成で消化不良を感じるところもありましたが、本好きにとっては
なかなかに楽しめる異世界ファンタジーでありました。こんな古本屋さんで居候しながら(しかも
屋根裏部屋!)働ける比奈子がとっても羨ましかったです。私も高校生の頃こんな経験が
したかったよ・・・。