ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

佐藤多佳子/「サマータイム」/新潮文庫刊

佐藤多佳子さんの「サマータイム」。

六年前の夏、小学五年生だったぼくは雨降るプールで彼と出会った。彼――広一君は、
奇妙な泳ぎ方で溺れるようにぼくの側まで泳いで来た。そしてぼくは気付いた。彼には
左腕がないってことに。広一君は、事故で父親と左腕をいっぺんに失っていた。ぼくは
年の割に大人びた雰囲気を身につけた彼に急激に惹きつけられた。そして、ぼくと広一君
と、ぼくのわがままで美人の姉・佳奈。3人で過ごす特別な夏が始まった。


なんて独特の感性のある作家なんだろう、と思いました。物語の展開として、劇的な何かが
ある作品ではありません。構成としては、進・佳奈・広一の3人の視点からそれぞれ語られる
4作の連作集。ただ、それぞれに時系列がばらばらで、1話目のラストが物語全体のラスト
になっているという変わった形式になっています。この構成が実に上手いですね。何といって
も、印象的なのは1話目でぼく=進が回想する、広一とのひと夏の部分。特に佳奈が作った
塩入りゼリーを海の味だと言って3人で完食するまで食べ尽くし、食べ終わると同時に夏
の終わりも感じさせるくだりは秀逸。子供の頃にしか味わえない、きらきらと輝くような、
それだけに終わってしまうのが寂しくなるようなひと夏の大事な思い出。その眩しさと
切なさを見事に表現していると思いました。その思い出が、その後に続くそれぞれ別の
物語の中でもずっと大切に胸の奥にしまわれていて、表面上では出てこない、3人の心の
繋がりを感じさせてくれました。いや~、上手いなー。もとはジュブナイル形式で出た為、
文庫になっても非常に薄くて1時間ちょっともあれば読みきれてしまうような作品ですが、
とても印象的な一冊です。佳奈と進のつつじの花のエピソードも強烈でした。正直佳奈は
普通にいたら嫌~な女の子だし、好感の持てるキャラじゃない。でも、彼女の持つストレート
なわがままさは、何故か惹きつけられるものがありました。美人だからというだけではなく、
内側から自然と輝きを放っているような、まさしく‘女王様的な’雰囲気の女の子だと思いました。

そしてもう一つ印象的なのはピアノ。それは広一と佳奈が引くぎこちない連弾のピアノであり、
広一の母親・友子が弾くジャズピアノであり、進が弾く練習曲であり・・・共通するのは
それぞれの弾く「サマータイム」。離れてしまっても、この曲でやっぱり彼らの心が繋がって
いるのだなぁと思える。この曲を弾く度に、聴く度に、それぞれの心に去来する思い。苦くて
辛い思い出でもあり、大切にしまっておきたい宝物のような思い出でもあり。しみじみと
いいなぁと思いました。

個人的にはセンダ君がツボでした。ピアノの調律師ってだけで指が綺麗そうな印象だし、
古いピアノを大切に思う優しさやピアノへの情熱にやられました。佳奈との会話も好きだなー。
あの展開だと、佳奈はセンダ君と上手く行ってもいいような気もしますが、やっぱり彼女が選ぶ
のは広一なんでしょうね・・・残念。

すごく泣ける、とか、すごく感動出来る、とかいう小説ではないです。でも、読んだ後、
とても清清しい気分に浸れる作品でした。解説が森絵都さんというのも頷けるなー。森さん
とはとても雰囲気が似ている感じがします。といっても、どちらもそんなに読んでる訳では
ないのですが、何か似たタイプの作家という印象を受けました。
児童書と括ってしまうにはあまりにも勿体ない、きらきらした魅力の詰まった作品です。
万人にお薦めしたい一冊です。