ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月/「ぼくのメジャースプーン」/講談社ノベルス刊

辻村深月さんの「ぼくのメジャースプーン」。

ぼくのおさななじみのふみちゃんを変えてしまったあの事件。あの時からふみちゃんの
目は何も映さないしふみちゃんの口は何も語らない。ふみちゃんをあんな風に変えてしまった
あいつに、ぼくはぼくの‘力’で対抗することを選んだ。そしてぼくは対決の日まで、ぼくの
力について教えてくれる‘先生’のもとに通うことになった。ぼくの出した答えで、ふみちゃん
にぼくの気持ちは伝わるだろうか――。


ほぼ一気読みでした。全篇に亘って主人公‘ぼく’の視線で語られる為、否応なしに
‘ぼく’と自分が同化していくような感覚を覚えました。そしてふみちゃんに対する
気持ちも。主人公はまだ小学4年生。この年齢といえば、私の実の甥と全く同じ学年。
だから余計に‘ぼく’のことが愛おしくて、なおかつ可哀想でならなかった。小学生が経験
するにはあまりにも辛く残酷すぎる事件。そしてそれに立ち向かう‘ぼく’が下さなければ
ならなかった決断。どうしてこんなにいい子がこんなに辛い目に遭わなければならないのか。
世の不条理というのはこういうことを言うのではないか。そんな気持ちにずっと捉われながら
読んでいました。うさぎ殺しの犯人の心情には全く共感もできなければ、同情も出来ない。
というよりも、怒り、しか浮かんで来なかった。こんな風に悪意を簡単に世にさらけ出して、
それで一体何が残るのか。私には全く理解不能です。そして、そんな意味のない悪意の犠牲
になったのが、本当にやさしくて純粋で綺麗な心を持った少女だということが何より辛かった。

作中で、‘ぼく’と‘先生’は、やってしまった罪の重さと、それに与える罰の量について
議論を交わす。これはとても難しい問題だと思う。去年読んだ一連の少年犯罪を扱った小説
でも思ったけれど、やってしまった‘悪いこと’と、それに値する罰、そして贖罪という
問題への答えはおいそれと出るものではない。今回の事件の被害者はうさぎで、それだから
こそ余計に難しい。自分の鬱憤を晴らす為に無抵抗の小動物を殺す。それに相応する罪は
器物損壊。そしてそれに相応する罰は執行猶予。結局犯人は何の拘束もされないし、罰なんか
受けていないのと同じ。それによって壊されたふみちゃんの心なんか知りもしないでのうのうと
同じように生活できる。この犯人には贖罪の心なんてこれっぽっちもない。私はやっぱり、
犯人はそれ相応の‘罰’を受けるべきだと思いました。自分のしたことが悪いことだと認識
できない人間は、また同じことを繰り返すに決まっているから。でも、私だったら‘ぼく’
のようには決断できなかったと思う。彼は、ほんとうに優しくて弱々しく見えるのに、とても
強い子です。ラストの彼の行動を読んで、彼の頑張りに胸をかきむしられるような気持ち
になりました。私も‘先生’と同じように、彼を抱きしめて「よく頑張ったね」と言って
あげたかった。彼の強さを見習いたい、と思いました。

でも実は、私が一番‘ヤラレタ!’と思ったシーンは、クライマックスよりも、ふみちゃんと
パン屋さんのエピソードでした。私はこんな人への思いやりに弱い。ここ読んで職場だったにも
関わらず、あやうく号泣しそうになってしまった。こんな風に他人を思いやれるふみちゃんは
本当に本当にいい子なんだな、と心から思いました。こういうエピソードが作中いっぱい出て
きたら、多分平常心で本が読めなかったかも・・・。そして、「自分と友達であることが自慢」
と‘ぼく’に言われたことを何より嬉しそうにしていたというふみちゃん。‘ぼく’と同じように、
彼女のことが大好きになりました。

とても切なく、優しく胸に残る作品でした。‘ぼく’とふみちゃんが今後どうなるのか。
明るい未来への希望が持てそうなラストで救われた思いがしました。こんなに心優しい
‘ぼく’とふみちゃんには絶対に幸せになってもらいたい。辛い経験があるからこそ、
乗り越えて生きて行って欲しいと願わずにはいられません。

ゆきあやさん、紹介して下さってありがとうございました。なんだかレビューが上手く
書けなくて、やたらに時間がかかってしまいました。支離滅裂・・・(へこむ)。
「凍りのくじら」も借りられ次第読みますね(その後三冊のも・・・)。