京極夏彦さんの「前巷説百物語」。
双六売りの又市は、惚れた女・お葉の身に起こった奇禍が気がかりだった。そこでありと
あらゆるこの世の損を銭と引き換えに肩代わりする‘損料屋’の面々と共謀して、ある
仕掛けを画策する。小股潜りの又市が御行姿になったのは理由があった――江戸時代、
世に溢れる浮き世の損を、大胆な妖怪仕掛けで肩代わりする、又市一味たちの活躍を描いた
傑作時代小説。百物語の始まりがここに――「御行奉為――」。
ああ、終わっちゃったよぅ・・・幸せな時間が。大好きな巷説シリーズがまた読めるとは
思っておらず、出ると知った時は本当に嬉しかったです。しかも予約して1週間経たないで
回って来たのには驚きつつも狂喜乱舞。図書館本山積み状態でしたが、全てをほっぽって
読み始めました(苦笑)。
今回は題名からもわかるように、あの巷説シリーズの‘前’の話。又市さんが若い!初々しい!
そしてたくさんの人から「青い」と揶揄されるように、血気盛んな若者風情。こんな時代もあった
のですねぇ。いやいや、若かりし又市さんが新鮮で新鮮で。しかも第1話なんて、女性
に片想いですよ!!あの又市さんが!!これがにやけずして読めますか!無理です!(笑)
でも、一話進むごとに、又市さんの損料屋の仕事に対する逡巡が大きくなって行く。
「どんなに大きい損でも、人の命と引き換えにしてよい筈がない」と苦悩する又市さんが
とても好きです。なんて真っ直ぐな性格なんだろう。やはり巷説シリーズでの、小悪党ながらに
情の篤い性格はこの頃から変わっていないのだなぁと思いました。それだからこそ、大掛かり
な仕掛けの度に出てしまう人死に対する又市さんの悔恨や悲哀が伝わって来て切なかった。
どんな悪党でも死んでいい訳はない、という考えは、又市さんのような小悪党には甘い考え
なのかもしれない。でも、その考えを最後まで捨てない又市さんがやっぱり素敵だなぁと
思いました。腕っぷしは弱くて口先だけ達者でも、情に篤くて人情味溢れる又市さんは
誰が何と言おうとカッコイイ。
正直終盤の展開は読んでいてとても辛かった。息が止まる瞬間もありました。悲しくて。
とくにおちかさんと山崎さんの結末が・・・。おちかさんと又市さんのやりとりがとても
好きだった。又市さんの真意を知り、泣きそうになりました。
でもこの展開だからこそ、その後の巷説シリーズに続いて行くのだろうなぁと思いました。
御行になる決意をする又市さんの姿がとても潔く、そして切なかった。
どの話もとんでもない妖怪話を実に巧みに‘現実’のものとしてしまう又市一味の仕掛けの
妙が素晴らしいです。まぁ、1話目の蝦蟇に関してはどうにも無理がありそうな感じが
しましたが^^;どんだけでかい蝦蟇なんだ^^;;
何より、もう京極さんの文章がとにかく良いのです。時代もの苦手な私がこれだけ入れ込める
時代小説は京極さんの作品だけです。京極さんの文章と江戸言葉の粋な響きが実に作品に
合っている。文章読んでるだけで幸せ。私のような語彙力貧困な人間がこの作品の
魅力を語るのは本当に無謀以外の何ものでもない。とにかく読んで!!って言いたい。
だってすごくすごく、面白いんだから。京極堂シリーズが苦手な方でもこちらの方がストーリー
的には単純なので楽しめると思います。巷説シリーズを読んだことがある方なら必読です!
絶対読んで損はありません。また、読んだことがない方でも、本書から読まれるのも良い
のではと思います。時系列的には一番先の話に当たりますので。
それにしても久瀬棠庵はどうなったのだろう・・・。