ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

京極夏彦/「幽談」/メディアファクトリー刊

京極夏彦さんの「幽談」。

私は七年前と同じ気船に乗ってこの宿にやって来た。七年前と同じ部屋に泊まる。違うのは
7年前は妻と一緒だったが、今は一人だ。そして、七年前と同じ様に部屋から庭を眺める。
七年前、私はこの庭に下りて、池の縁に積んであった石をふとどけてみた。ひとつ、ふたつ、
みっつ。そして四つ目の石を持ち上げた時、私はその下に細い、白い、人間の指を見つけた
のだ――(「手首を拾う」)。怪談専門誌『幽』の連載を単行本化。


京極さんの新刊。怪談ではなく幽談。でも、幽霊というよりは、それぞれの話に出て来る
「得体の知れない何か」は京極さんお得意の妖怪に近いものが多い。ホラーと言うほど怖く
はないけど、どこかひんやりとした空気で、ぞくりとさせるものが多かったです。オチのない
よくわからない話もありますが、格段の文章力で読ませてしまう力はさすが。ただ、記憶に
残るような作品というのはそれほどなかったかな。さらりと読めてしまうのでホラーが苦手な
人でも大丈夫でしょう。夏にはぴったりの一冊でした。


以下各作品の短評。


「手首を拾う」
石の下から手首が出て来たら怖いですよねぇ。普通だったらパニックになりそうなのに、
淡々と物語が進んで行くのであまり怖い感じはしないけれど、それだけにどこか寒々しい空気
を感じる作品でした。


「ともだち」
これはまさしく『幽談』ですね。かつての『ともだち』に思いを馳せる主人公の感慨に切ない
気持ちになりました。ノスタルジックな一作。


「下の人」
これは実際主人公の立場になったら絶対怖いと思うんだけど、主人公が「下の人」をあっさりと
受け入れてしまっているので、妙にコミカルさを感じる作品でした。これはかなり好き。
ベッドの隅に『誰か』がいるのがわかっているのに、「とりあえず寝る」主人公。素敵だ。


「成人」
これはちょっと構成が複雑で、不気味な話がいくつか積み重なって一つの「こわい話」に
繋がって行く形。これは結構怖かったです。Aの父親が人形を壊すとことか、Aの家の気味の
悪い『何か』とか、B君のこの家への偏執的な執着とか。どちらかというと、人間の狂気に
怖気を感じる作品でした。


「逃げよう」
寝たきりのおばあちゃんが怖い。語り手が何から逃げているのかわからないのがまた怖い。
変なものに追いかけられるのは嫌だよぅ。がむ、がむ、がむ。


「十万年」
これは一番京極さんらしくない話だと思う。ちょっとしたラブロマンスまで入ってるし。
ラストは水森サトリさんの「でかい月だな」を思い出しました。どちらかというと、
ファンタジーに近いような。でも、なかなかいいラストです。


「知らないこと」
これはオチが一番わからなかった。ど、どういうこと??兄と妹と中原の関係が。何度
読んでもわからない。一番ミステリー的仕掛けがあるとは思うのだけど、ちょっとピンと
来なかった・・・読み取れない自分にがっかり。


「こわいもの」
「怖いものとは何だろう」冒頭に掲げられるこの問いが、この短編集の全てなのだろうと
思う。京極さんの考える「こわいもの」の概念を凝縮させたという感じ。うう、箱の中が
気になる。その先が知りたい。でも、知りたいけど、やっぱり私も開けられないだろうなぁ。



やっぱり京極さんの文章はいいなぁ。私にとっては唯一無二、絶対必要不可欠な作家であることは
間違いありません。だからそろそろ京極堂シリーズを出して欲しいんですけど~。