桜庭一樹さんの「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」。
山田なぎさは鳥取に住む中学二年生。父親は亡くなり、母と兄の三人暮らし。
夏休みが終わって二学期が始まってすぐ、転入生・海野藻屑がやって来た。
どうやら彼女はこの街出身の有名人歌手の娘らしい。自分のことを「人魚」だと嘯く
奇妙な美少女は、誰とも親しくしようとせず、クラスから次第に浮き上がって行った。
しかし、なぜか藻屑はなぎさを気に入ってまとわりついてきた。はじめはうっとうしい
と思うなぎさだったが、次第に彼女から発せられる‘砂糖菓子の弾丸’に絡めとられて
行く。社会に実弾を撃ち続けたいとねがうなぎさと、砂糖菓子の弾丸を撃ち続ける
藻屑、二人の少女の暗黒青春小説。
本書は、始め富士見ミステリー文庫から‘ライトノベル’扱いとして出版されましたが、
ラノベでの重版が続いたことと、ここ最近の桜庭人気でめでたく単行本化の運びとなった模様。
私が読んだのはその単行本バージョン。正直文庫版の表紙はかなり手に取るのが恥ずかしい、
いわゆる‘萌え系イラスト’。さすがに買うのも恥ずかしいと思っていたところ、単行本化して
めでたく図書館も入荷してくれたのでした。良かった良かった。それにしても、文庫版と
単行本版でこうも表紙を変えてくるとは。よっぽど不評だったのかアレ・・・^^;
噂から「少女には向かない職業」と対になるような作品とは聞いていましたが、確かにあの
作品に通ずるものがあると思いました。二人の少女がちっぽけな社会の中で自らの持つ‘弾丸’
を武器に必死で戦おうとする。ただし、その弾丸は実弾ではなく砂糖菓子で出来た、甘く溶けて
しまう心もとないもの――。なぎさが欲しいのは‘実弾’。でもやっぱり彼女の武器も砂糖菓子
のようにもろく頼りない。社会を生き抜けるように強くて強靭な‘実弾’を手に入れるには、
守られるべき立場の中二の彼女はあまりにも非力。それでも守ってくれるべき人はいない。
普通ならば彼女は守られるべき立場なのに、自分よりももっと‘守るべき’人間がいる家族の
中では、彼女は闘うしかない。なぎさはとても強いけれど、やっぱり彼女の強さはなんだか
頼りなくて痛々しい感じがしました。
藻屑のキャラは、「赤朽葉家の伝説」や「少女七竈と七人の可愛そうな大人」を読んだ後では
実に桜庭さんらしいキャラクターだと感じました。このネーミングセンスと奇態なキャラ造詣は、
やはり他の作家とは一線を画している。海の泡になるという嘘をつき続ける少女。砂糖菓子の
弾丸で必死に自分を武装して。実に奇妙で奇態で、悲しい少女。社会に冷めた目を向けるなぎさ
とはとても対照的でいて、鏡のように似ている部分もある。二人の少女の描写がとても良かった。
父親からの虐待を受け、それでも父にすがって生きるしかない彼女の姿に胸が痛くなりました。
なぎさの兄・友彦も重要なキャラです。始めはひきこもりでダメなこの兄に腹が立って仕方が
なかった。中二のなぎさがあんなに苦労して必死で社会と戦っているのに、こいつは一体何を
やっているのだ!と。なぎさが‘神’のように崇め奉っているのが不思議だった。おそらくそう
せずにはいられないオーラがあったのだろうけれども。でも、クライマックスのシーンでは
なぎさを助けるかつての‘強いお兄ちゃん’に戻ったのがとても嬉しかった。家から外に出る
シーンはかなり情けなかったけれど。結局友彦が引きこもりになった原因が語られなかった
のはちょっと不満が残りましたが。彼に何があって、そうなってしまったのか、そこの部分は
きちんと書いて欲しかった。そういう意味では、うさぎ惨殺の犯人もうやむやなままだし
(多分あっちなのだとは思うけど)、ミステリとしての完成度は高いとはいえないかもしれ
ません。でも、この物語の魅力はそんな所とは関係ない気がします。青春の苦さ、辛さ、悲しさ。
友情の温かさ。儚さ。結末ははっきりいえば最悪。それは冒頭部分からもう明らかなので、
いわゆる倒叙形式に当たるのだけれど、その結末の末のエピローグでのなぎさの強さがまぶしい。
砂糖菓子の弾丸では生き抜いていけないと知った彼女は、きっと誰よりも強い‘実弾’を手に
入れて、社会で強く生きて行くことでしょう。
単なるラノベ小説なんかで片付けて欲しくない、青春小説の傑作だと思います。私はやはり
桜庭一樹独特の小説センスを高く評価したい。