ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

佐藤多佳子/「黄色い目の魚」/新潮社刊

佐藤多佳子さんの「黄色い目の魚」。

他人と上手く付き合えない高校一年の村田みのりは、唯一心を許しているイラストレータ
の叔父の所で過ごす時間だけが幸せだった。ある日、美術の時間にたまたま前の席に座った
似顔絵が得意な同級生の木島とお互いの顔を描くことになった。木島の描いた自分のデッサンに
衝撃を受けたみのり。一方モデルとしてのみのりに興味を持った木島。お互いの存在を意識し始めた
二人は、少しづつ距離を縮めて行く。友情と恋愛の間で揺れ動く、十代の少年少女を清清しく
描いた傑作青春小説。


これはまた、なんともストレートな青春小説でした。爽やかで瑞々しくて、清清しい。青春の
きらめきってこういう瞬間のことを言うのだろうなぁというラスト。普段血がばかばか流れて
殺伐とした猟奇殺人みたいなのを読んでる人間としては(苦笑)、心が洗われるような作品でした。
性格がひねくれてて、他人と上手く向き合えないみのりと、亡くなった父の面影を追って、
ひたすら似顔絵を描き続ける木島、二人のキャラ造詣がとてもいい。章ごとにお互いの
視点から交互に語られるので、どちらの思いもダイレクトに伝わって来たのが良かった。
どちらも迷い、逡巡しながらも真っ直ぐに正直に生きている。ああ、こういう感覚って、
やっぱり若い時にしかもてないんだよなぁと思いました。二人の相手への思いが、ただ
‘気にかかる相手’から‘好き’に変化して行く課程にドキドキしながら読みました。
1章と2章を読んだ時点で「あれ、これって短編集なの?」と思ったのですが、3章で
「ああ、繋がってるんだ」と気付きました。1章の幼い木島が父親に出会うという部分は、
短編として十分完成された作品だったので、この時点でかなり心を掴まされました。

みのりも木島も家庭内ではそんなに上手く行ってなくて、少し重いものを抱えているし、
木島の妹のエピソードなんかも爽やかさとは縁遠いけれど、それでも全篇に亘って感じる
この清清しさ。これはやはり、佐藤さんの文章力なんだろうなぁと思う。あとがきで作者
自身が触れているように、若い頃に書いた作品ということで、文章は他の作品とは少し違った
リズムがある感じがしましたが、語り手が16歳という若さなので、そのリズムがこの作品には
ぴったりとはまっていてかえって良かったと思いました。

木島の似鳥ちゃんとの行為は正直がっかりでしたが、きっと実際の16歳の男の子なんて
そういうものなんだろうなと思う。だからといって容認したくはないけれど。でも、ラストで
のりを想いながら必死で駆けて行くところはとても好きです。サッカーの時はダメダメで、
やる気のなさに腹が立ったりもしたけど、やっぱりどこまでもまっすぐで真正直な彼はとても
素敵だと思いました。
みのりも、最初はほんとに嫌な女の子だと思ったけど、美和子との一件があって、木島と
出会って、須貝さんと仲良くなって、少しづつ変わって行くところに好感が持てました。
叔父さんとの関係も良かったですね。ただ、できれば、美和子とのその後の手紙のやりとり
なんかももっと書いて欲しかったなぁ。みのり側の手紙(しかも書きかけ)しか書かれなか
ったので、美和子の返信も読んでみたかった。
あと、みのりと家族の確執も中途半端なままだったので、ちゃんと決着はつけて欲しかった所。
個人的にツボだったのは木島とおじいちゃんの関係。おじいちゃんがとにかくいい味出して
ました。おじいちゃんと妹の玲美がどういう風に会話してたのかも気になりました。
でも、あとがきで書ききれなかったエピソードがたくさんあると書かれてらっしゃるので、
また別な物語がいつか語られる日が来るのでしょうか。期待して待ちたいと思います。

佐藤さんの青春ものはやっぱりいいですね。う~む、「一瞬の風になれ」はいつ読めるの
だろうか・・・(早く、読みたいなぁ)。