ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

早瀬乱/「レイニー・パークの音」/講談社刊

早瀬乱さんの「レイニー・パークの音」。

明治36年、東京。商事会社に勤める元屋夏雄宅に、できたばかりの日比谷公園で、10年前の
事件についての‘公園裁判’が行われるという葉書が届いた。夫の夏雄よりも早く葉書を目に
した妻のセツは、葉書に書かれている‘被告’の名前の中に夫・夏雄の名があることに愕然
とする。そして、その翌日から夫は姿を消した。10年前の事件とは一体何なのか。セツは、
夫と供に名を連ねていた人物たちの元を尋ねて、夫の過去を探って行く――。


乱歩賞受賞作「三年坂、火の夢」を書いた早瀬さんの新刊です。ただ、私はそのデビュー作を
いまだ読んでおらず、本書がその作品とリンクしているというのも知らずに読み始めてしまった
のですが^^;とはいえ、どうやらリンクは一部の人物が重複しているというだけのようなので
あまり問題はなかったです。

前作「サロメ後継」で、私はこの作者の並々ならぬ才能の予兆のようなものを感じていました。
本書を読んで、やはりその直感は正しかったのではないかと感じました。正直、読み始めの
「公園」についての序文と澤田氏の追憶の辺りを読んだ時点では、どうも自分好みの作品
ではないかもしれないと危うく挫折しかけました。でも、なんとか自分を鼓舞しつつ読み
進めて行って良かった。セツ視点になったところで、俄然物語は面白くなりました。明治の
世相や慣習などを巧みに盛り込み、「公園」をキーポイントにいろいろな角度から物語が
動いて行く。10年前に起きた澤田夫妻の失踪の真相とは何なのか。「公園裁判」という
設定が非常に面白かったです。模擬裁判だからどこか出席者も深刻になりすぎず、かといって
10年前の事件には確実に深く関わっているだけにどの人物もこの裁判を無視することが
できない。実際の裁判ものであったらおそらく単調に感じてしまうであろう題材をとても
読みやすくわかりやすい形で描いているところが実に巧いな、と思いました。

作品自体の印象も全体的には重く暗いものなのに、登場人物たちのちょっとしたしぐさや
語り口からどこかからりとした明るさを感じるところも良かった。やはりメインの語り手で
あるセツの性格が起因しているとは思いますが。この時代の女性というとまだ男性よりも
一歩引いて歩くような控えめな女性像が浮かんでしまうのだけど、セツは勝気で言いたいこと
ははっきりと口に出すような物怖じしない性格。裕福な家に嫁いだ親友を心の中では妬んだり、
羨んで嫉妬するような所もあるけれど、「100%性格の良い主人公」ではない、人間らしい
感情に揺り動かされるところにかえって好感が持てる。セツ視点で物語が進むことで、
非常にわかりやすく魅力のある作品になっているように思いました。

「公園裁判」などという、普通の人が考えつかないような題材を持ってくる所にこの作家の
非凡さが伺えると思う。明治の時代、まだ「公園」が今の形で存在しなかった頃に、人々が
集まり憩う安楽地を造成しようと夢みた人がいた。澤田氏はフィクションの人物かもしれない
けれど、きっと同じ様な考えを持った人たちが「公園」を造ってきたのだろうと思わされた。
今こうして普通に公園が存在する事実に感謝したくなりました。

ラストはなかなか爽やかな終わり方で、これが「サロメ後継」を書いた人と同じとは思え
なかったです。ただ、どちらも作品世界にのめり込んでしまうという意味では共通していた
けれど(ただ、あちらは嫌悪感ばかりを覚える作品でしたが^^;)。

やはりこの作家は唯一無二の才能があると思う。きっとこれからもっとすごい作品を書きそうな
気がします。本書で出て来た鍍金氏が出てくるとなれば、なんとなく読みたいと思いつつ手が
出せていなかった「三年坂~」も俄然読みたくなってきた。早く借りよう。