中町信さんの「模倣の殺意」。
七月七日午後七時、新進作家の坂井正夫が青酸カリを服毒して死亡した。警察は自らの才能を
儚んでの自殺と処理した。しかし、坂井と交際のあった雑誌編集者の中田秋子は、彼の部屋で
行き会った女性の存在を思い出し、不穏なものを感じて独自に調査を始める。一方、ルポライター
の津久見伸助は、雑誌社に執筆している連載記事『殺人レポート』の次の題材を坂井の事件に
するよう依頼され、調べを進めるが、坂井が盗作していた事実に行き当たり――記念すべき
著者の第一長編改訂版。
ミステリファンからは秘かに評価が高いらしい中町さん。以前から読もうと思っていて、
随分前に本書を購入していたのですが、なかなか読む機会がなく積読状態でした。昨日
電車の中で読むのにどの本がいいか模索していて、ミステリイベントに持って行くには、
こういう本がぴったりなのではないかと思い立ち、ようやく手に取ってみました。
やー、やられましたね、これは。非常に私好みのミステリらしいミステリで嬉しくなりました。
本書は坂井正夫という新進作家の死を調べる二人の人物の視点が交互に入れ替わる形式になって
います。それぞれの調査の過程で、犯人らしき人物が一人づつ浮かび上がる。一体どちらの
調査が正しいのか。この書き方が実に巧い。本当にどちらの人物も同じ様に怪しく、どちらが
犯人でもおかしくない。どちらの犯人候補もアリバイ工作をしたと思われる行動をしているし、
言動もなんだかおかしい。一体どちらが犯人なのか?
・・・と、これはそういう二者択一のミステリなんだと思い込んで読んでいました。第四部の
真相を読むまでは。
あー、そうだったのか。確かに気になる部分はいくつかあって、何か変だなぁと思いながら
読んではいたのですが、この真相には全く思い至らなかったです(ミステリ読みなれてる
人なら気付けそうだけど^^;)。
この手のトリックは今ではいくつも書かれていて、正直使い古された感がないでもないけど、
やはり三十年以上も前に書かれた作品であることを鑑みると驚愕に値すると思います。
文章や背景描写などはやはり昭和の時代を感じさせる古風さがありますが、こういうトリックで
騙される驚きは何年経っても廃れないものです。細かくミスリードさせるような工夫が凝らして
あって、完全に作者の罠にはまった感じでした。好きだなぁ、こういうの。
しかし、解説を読んでいたら、この作品は出版される度に題名が変わったり、内容も改定され
たりして、最初の作品とは大分違っているようです。解説にあるように、双葉版のようなプロローグ
だったら、驚きは半減だったかも・・・。それでも、当時の読者が面白く読んでいたというのは、
やはり二重三重に仕組まれた仕掛けゆえだったのでしょうね。
本書が出版当時あまり芳しい評価が得られなかったというのは何故なんでしょう。三十年前
だったら、この手のトリックも十分目新しいものだった筈なのに。新しすぎてピンと来なかった
のかな~^^;勿体ない話ではありますね。
こういう技巧を凝らした本格ミステリは私の最も好みとするところ。面白かった!
まだまだ傑作がたくさんありそうなので楽しみです^^