ミステリ読書録

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森谷明子/「千年の黙 異本源氏物語」/東京創元社刊

森谷明子さんの「千年の黙 異本源氏物語」。

時は平安。あてきの御主は恋物語を紡ぐ物語作者。近頃は筆が運ばず浮かない顔をしている。最近、
時の大臣・藤原道長から十二歳になる娘・彰子様の為宮中に上がる誘いの文が何度も届けられて
いた。そんなある日、帝寵愛の猫が宮中から姿を消してしまった。中宮定子様に仕える女官で、
『枕草紙』を書いている清原の少納言が目を離した隙の出来事だったという。一体猫はどこに
消えたのか――(「上にさぶらふ御猫」)。不可解な二つの消失事件の謎を紫式部が鮮やかに
解き明かす。第13回鮎川哲也賞受賞作。


私は普段あまり時代物を読みません。何故かというと、その時代背景を知らないからどうしても
現代ものよりも状況把握ができにくく、物語に入っていけないことが多いからです。今回の
舞台は平安時代。やっぱりこの時代の階級制度とか人間関係には正直苦戦したところもありま
した。私の中の『平安時代』といえば、わずかな日本史の知識と氷室冴子の「ざ・ちぇんじ」や
なんて素敵にジャパネスク」だけなんだーと嘆きながら読み進めました。

でも、作品自体がどうだったかというと、非常に面白かった。第一部を読んでいる時点
ではまだ上記の理由で苦戦しながらだったのと、猫消失の謎自体はそれ程感心する真相
ではなかったので、どちらかというとあてきと岩丸の恋愛模様の方を楽しんだ感じだったの
ですが、第二部の出来は素晴らしかった。私は源氏物語のことについて詳しくないのですが、
作者による附記や末録の鮎川哲也賞の選評を読むと、源氏物語に「発表されていない一帖
があるかもしれない」という説は実際にあることなのだそう。この、世間でもまだそれ程研究されて
いない謎に真っ向から挑み、十分に説得力のある説をミステリ仕立てにした作者の手腕に
脱帽しました。本当に、実際こういうことがあったかもしれないと思わせるような、筆の
運びが見事。実際きちんと源氏物語を読んでいないから私にはよくわからないのだけれど、
作中であげられたような、藤壺女御と源氏の君の逢瀬に関する矛盾は指摘されると確かに頷ける。
『桐壺』と『若紫』の間にもう一帖あり、何らかの理由で公表されなかったというのは正しい
ことなのではないかと思わせられました。何より、その失われた一帖の謎解きがとても
面白かった。細かく伏線が張られていて、それが見事に回収されていると思いました。
あてきと岩丸がめでたく夫婦になって、ラブラブなのも嬉しかったな。

そして更にやられた!と思ったのが第三部。私は、第二部の冒頭部分での少女とある殿方との
挿話のことをきれいさっぱり頭から追いやっていました。第二部を最後まで読んでも全然
思い出しもしなかったことにわれながら自分でもアホだなぁと思いましたが、最も重要な
シーンの一つだったのですね・・・。この真相にはしびれましたね。紫式部道長のやりとり
にも胸がすく思いでした。権力だけを盾にしてどんなものも欲しいままにしてきた男が、
たった一つ手に入れられなかったもの。年老いた男が一帖の物語にすがりつく様はなんとも
哀れでした。紫式部の台詞はどれも素敵で格好いい。平安時代版の「出来る女性」という感じ。
謎解きするところも知性溢れていて良かったですね。第三部後半では残念ながら紫式部
逝去していますが、亡き式部に思いを馳せるあてきの姿に胸が切なくなりました。とても美しく、
余韻の残る良いラストで良かったです。

それにしても、紫式部は良い書き方をされているのに、清少納言ってどの話でも「性格が悪い」
みたいに書かれているのですね。実際そういう文献でも残っているのでしょうか。「枕草紙」
を読むとそう感じるのかな??「春はあけぼの」くらいしか知らない人間にはさっぱりそういう
ことは読み取れないのですが^^;

これが文学賞の応募作とは恐れ入ります。鮎川哲也賞と聞くと意外な気もするけれど、受賞
するには十分な力作だと思いました。
そして、やっぱり「源氏物語」は世界最高峰の古典文学なのだろうなぁと思わせられました。
今更古典をひもとくのは無理なので、「あさきゆめみし」でも読んで勉強しようかしら。
・・・え、間違ってる?^^;

ちなみに、タイトルは「千年の黙」・・・せんねんのしじまと読みます。って、こんな単語
初めて知ったぞ・・・読めないのは私だけじゃないよね!?