ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

小路幸也/「カレンダーボーイ」/ポプラ社刊

小路幸也さんの「カレンダーボーイ」。

同じ大学に勤める文学部教授の三都充と事務局長の安斎武は、ある日を境に寝て起きる度に
一日ごとに小学5年の世界と2006年の現代を精神だけが行き来するようになる。48歳
の意識のまま小学5年の生活を送る二人は、同じクラスの里美ちゃんの死を防ぐ計画を
立てることに。里美ちゃんの一家は、1968年に起こった三億円事件のせいで一家心中を
図り全員が亡くなっていたのだ。しかし、過去を変えようとする度に、少しづつ現代では
歪みが生じてくる。何かを得れば、何かを失う――里美ちゃんを救うことで、二人が
得たもの、失うものとは一体何なのか――ノスタルジー溢れるタイムトラベル小説。


タイムトラベルものです。とても読みやすいのでさほど薄い本でもないのですが、あっという間に
読めてしまいました。意識は48歳だけれど、小学5年にタイムスリップした時はそれなりに
子供らしい語り口になるので、小路さんらしいジュヴナイル要素も入っています。ただ、48歳の
現代部分では元の大人に戻るので中年おじさんの哀切も感じるし、なんとも不思議な作品。
二人が里美ちゃんを救う為に変えた過去のせいで現代に歪みが出て来てしまうというのは、
タイムトラベルものでは当然の設定。何かを得る為には何かを代償としなければならない。
これがラストでとても重要な意味を持ってくる訳ですが・・・うーむ。このラストは賛否両論
かもしれないですね。二人の友情にとても切なくやるせない気持にはなりましたが、後味が
良かったとは言い難い。まぁ、二人はそれだけのことをしたのだから、仕方ないのかな、とは
思いましたし、余韻の残るラストではありました。






以下、ややネタばれ気味です。未読の方はご注意下さい。













中年男二人の友情は良かったのですが、細かい部分を拾って行くとかなり腑に落ちない点が
多い。展開がとにかくご都合主義的すぎるところがひっかかりました。姉の漫画家デビュー
の件といい、編集者の佐久間のことといい、あまりにも全てが巧く行きすぎる。佐久間の
タイムトラベルの理由も明かされないままだし。二人の協力者が全て彼らの言葉を信じる所も
現実味が感じられなかった。脇役キャラは一人一人温かみを感じてとても良かったのだけれど。
何より、ラストの肝心の三億円事件の部分があまりにもあっけなさすぎて拍子抜け。二人が
どうやって三億円を強奪するのかな、とワクワクドキドキしていた気持にかなり水を差された
感じがしました。だいたい、普通に考えて小学生が三億円を強奪することがそんなに巧く行く筈が
ない訳で、その荒唐無稽な設定にどうリアリティを持たせて成功させるかが読ませ所だと思うのに、
そこを全て『ご都合主義』で押し通してしまったところはいただけない。三分クッキングじゃ
ないんだから、それまで丁寧に説明して来たのに、時間の関係で一番重要な行程を端折って
「これが出来上がりです」じゃ、あんまりです。肝心の三億円強奪場面を全て端折って
いきなり後日談みたいになっちゃうのは納得がいかなかったです。里美ちゃんの
病気のこともうやむやなままだったし。どうもいろんな点で描写不足に感じられてならな
かったです。

実は三億円事件について、ある理由でかなり関心を持っているので、この事件を扱った
小説には少々厳しい目で見てしまう所があるせいもあるかも(理由はお分かりの方も
いらっしゃると思いますが)。

ただ、先にも述べたように、主役二人や脇役キャラの人物造詣はとても良い。イッチの祖父、
イッチの姉、ホームレスのガンガン、二人の同級生ゴンド、安斎の娘の彼氏の和臣・・・それ
ぞれに人間関係の温かさを感じるエピソードがたくさんあり、小路さんの優しい世界が
じんわりと心に沁みました。それだけに、ストーリー展開の強引さが残念でした。

多分小路作品が好きな人には手放しで楽しめる作品なのかもしれない。私自身も決して
面白くなかった訳ではないし、良かったシーンもたくさんあったのですが、諸手をあげて
賞賛できる作品ではなかったです。どうも米澤さん同様、小路さんにも何故か厳しい目線
で見てしまう自分がいるなぁ^^;好きな作家なのは間違いのないところなので、これからも
読み続けるつもりではありますけれどね。

それにしても、ポプラ社の名前が懐かしい。私の中ではポプラ社=ジュヴナイルのような
図式がインプットされているので、確かに小路さんの作風には合っているのかもしれないな~
と思いました。でも、これってウェブ上で連載されていた作品なのですね。道理で、一章
が短い訳だ。でも、ウェブ上で読んでたら細切れ過ぎて何が何やらだったかもしれないな^^;