ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「カラスの親指」/講談社刊

 

詐欺師を生業とする武沢と入川。二人は供に過去にヤミ金業者と関わった為に家族
を失っていた。しかし武沢はヤミ金業者を憎む一方で、過去にヤミ金業者に手を
貸し、ある母子家庭の母親を自殺に追いやっていた。ある日二人はひょんなことから
詐欺を働く一人の少女と出会う。家賃が払えずアパートを追い出されそうだという
少女まひろを、武沢は住む所がなくなったら二人の家に来てもいいと言う。数日後、
まひろは本当にやって来た。しかし、さらに数日後まひろは姉とその彼氏まで連れて
来て、なぜかなし崩し的に同居人が増える羽目に。奇妙な「他人同士」の擬似家族
生活が始まった。そんな彼らの前に武沢が過去に関わったヤミ金業者の魔の手が
迫って来る。過去の自分と決別する為に彼らはヤミ金業者を相手に大博打に出る
――果たして彼らの運命は?

 

道尾さん新刊です。動物シリーズ、今回はカラスです(笑)。大作の方がなかなか
読み進められない一方で、こちらを読み始めたら一気読み。今回は冴えない
オッサン二人組が主人公。
オッサンでも憎めないキャラクターの二人ではあるのだけれど、過去に傷を抱えて
いるとはいえ、詐欺を働く行為自体はやはり唾棄すべきものである以上、二人を
受け入れられない自分もいました。
ただ、二人の家に次々と同居人(プラス猫一匹)が増えて行き、「他人同士」の
擬似家族が出来上がって行く課程はベタだけれど結構好きな展開でした。道尾さん
にしてはひねりのない「普通」の小説書いてきたなぁという印象ではありましたが。
彼らが仕掛けるヤミ金業者に対する企みの結末もかなりご都合主義的で、なんとなく
不満が残りました。全体的に、読みやすくて面白いけどひねりのないコン・ゲーム
ものという評価に落ち着きそうだったのですが・・・


以下、これからこの作品を読む気がある方は読まれないことをお勧めいたします。
この作品に関しては、何の先入観もなく読んで欲しいので。
(あ、でも黒べる子記事じゃないですよ!むしろ真逆ですので!!)







そう、もうおわかりでしょうね。

 

今回もまんまとやられてしまいました。

 

道尾秀介がそんなありきたりの小説を書く訳がないのです。
終盤の20ページで明かされる真相には唖然。
いつも道尾作品だとなんとなく『ココが伏線』というのがわかったりするのですが
(結局わかっても騙されますが^^;)、今回の作品の優れているところは、
そういう『怪しさ』の片鱗すら感じなかったことにあります。いや、読む人に
よっては怪しいと思うのかもしれないですが、少なくとも私にとってはあまりにも
自然に伏線が挿入されていて、疑問を差し挟む余地がなかった。どんでん返しに
次ぐどんでん返しがあった『ラットマン』と比べると仕掛け自体は地味かもしれ
ませんが、衝撃度はこちらの方が上かもしれない。そして、ある人物の真の姿と
彼の意図したことを知り、胸が熱くなりました。全てを知って、じんわり
心に沁み込む優しさだけが残りました。優しい再生の物語。ああ、好きだな、
こういうの。

 

タケさんとテツさんの親指と他の指の関係の話がすごく好き。こういう会話は
伊坂さんぽいなぁと思いましたが。この二人の関係がとにかくいい。まひろと
やひろの姉妹もやひろの彼氏・貫太郎のキャラもなかなか好感が持てて良かった。
血は繋がってなくても、彼らの擬似家族の関係がとても好きでした。トサカも
可愛かった。
そして、『カラスの親指』。実にいいタイトルです。とても深い意味が隠されて
います。

 

一つ残念だったのは、まひろたちの父親が残した手紙の場面で、彼女たちの母親
の名前に誤植があるところ。手紙では『瑠璃絵』になっているのに地の文では
『瑠美子』。どこから来たんだい、瑠美子って^^;重要なこういうシーンでの
誤植は興ざめなので気をつけて欲しいです。

 

嬉しかったのは○○○が生きてたことですね。それに反してある人物の死が悲しくて
ならなかったですが・・・。




とてもいい作品でした。やっぱり大好き、道尾さん。これだけ次々と作品を出して、作品の質が下がらないのがすごいと思う。

 

余談ですが、記事を書くに当たっていつものようにネット書評を回っていたら、ある方のブログの本書の記事に作家の藤岡真氏が「この作品を読んで作家を辞めたくなった」とコメントされていらっしゃいました。藤岡さんが一介のブログに普通にコメントしてるのにも驚きましたけど(苦笑)。
その後で藤岡さんご自身のHPにも行き辺り、そこでも大絶賛。藤岡さんはこういう
作品が書きたいとずっと思ってらしたとか。
ミステリ作家にそこまで言われるというのも作家冥利に尽きるでしょうね。