ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

有栖川有栖/「妃は船を沈める」/光文社刊

有栖川有栖さんの「妃は船を沈める」。

大阪湾の岸壁から車が転落した。その場面を目撃した夜釣りに来ていた釣り同好会のメンバーから
通報を受けた警察は直ちに急行し、車を引き上げたが、車中から溺死した中年男性の遺体が発見
された。しかし、解剖の結果、男性の胃から睡眠薬が検出された。男は催眠ダイエットの美容
サロンを営む盆野古都美の夫、和憲。夫婦の間ではお互いに一億円の保険がかけられていた。
和徳は多額の負債を抱えており、古都美の友人・三松妃沙子からも三千九百万の借金があった。
妃沙子は自宅に若い男を囲い、「妃」と呼ばれる女傑だった。三つの願いを叶えてくれるという
猿の手」を持つ妃沙子。その願いが齎す不幸とは――臨床犯罪学者・火村英生が挑む二つの
難事件と一篇の掌編を収録。


久々、火村シリーズです。構成は二つの中編の間に一遍の掌編が挟まっている形ですが、
有栖川さんとしては、二つの事件(インターバルも含めて)は繋がっているので、長編として
見て欲しいようです。という訳で、火村シリーズとしては『乱鴉の島』に続く長編といって
差し支えないでしょう。魔性の女・妃沙子を巡る二本の中編はなかなか読み応えがありました。
特に私は第一部の「猿の手」が好きですね。この三つの願いが叶うという「猿の手」の話は
いろんな小説で目にしてきたので知っていましたが、もとはホラーの短編小説なのですね。
全然知らなかった(無知^^;)。
この小説に関する火村先生の解釈は非常に面白かったし、説得力がありました。これは作者の
有栖川さんが以前から考えていた解釈だそうですが、さすが、ミステリー作家は読み方が
違うなぁという感じ。火村説で読み取ると、ホラーだった小説が一気にミステリーに変貌する
んですね。普通に読んだら間違いなく、アリスのように読み取るところでしょうけど。ただ、
火村先生の合理的説明を聞いた後では、そちらの解釈で読んでしまいそうです。まっさらの
状態で読んでみたかった気もしますね。20ページくらいということなので、今度図書館か
本屋で立ち読みしてこよう。
ただ、こちらは動機の面でちょっと不満が残りました。動機というより、そこに至る経緯
と言った方が正しいかな(犯人の動機というとちょっと語弊があるので)。関係者たちの
人間関係もいまひとつピンと来なかったし、妃沙子の魔性キャラももう一歩書き込んで
欲しかったかも。

第二部の「残酷な揺り籠」はラストの火村先生と再び登場の妃沙子との対決シーンが読み所。
ただ、一部と違い彼女が家庭に入ってしまったせいか、魔性の空気が薄れて普通の『女』になって
しまい、やや迫力に欠けたように思いました。ミステリとしてはなかなかよく出来ているとは
思うのですが、ちょっと説明がわかり辛かった。眠さと戦いながら読んでたから頭が働かなかった
せいかもしれませんが^^;それでも、本格ミステリとしては充分及第点だと思います。
こっちのアリスもやっぱり『寂しい人』なんですね。学生アリスとの関係はなかなか複雑な
設定になっていて同一人物ではないけれど、やっぱり二人の本質は同じような気がするなぁ。
今回珍しくアリスの洞察が犯人を『落とす』きっかけになっていて、いつもよりもちょっと
見せ場がありました。良かったね、アリス。彼のこういう感傷的なとこが好きなんですよね。

間に挟まれる幕間部分も良かったですね。勝手に客に名前をつけて呼ぶ女主人が面白い。しかも、
客が以前に来た時につけた渾名を正確に覚えているところがすごい。アリスの「またきます」が
社交辞令じゃないといいなぁと思う。このお店とは相性が良さそうだもの。火村先生と供に
常連になりそう。

今回初登場の新キャラ高柳刑事ですが、今後は準レギュラーになりそうな気配。でも、今回は
あまり出番がなく、キャラ紹介的な意味合いが強かった感じ。まさか二人のどっちかと恋愛が
絡んできたりして・・・火村先生はないかぁ(と信じたい)。でも一方的に好意を受ける
というのはありそう気がするな。


学生アリスに比べるとやっぱり小粒な印象ですが、今回は統一感のある作品集でなかなか
楽しめました。
やっぱりノンシリーズよりもずっと読むテンションが上がるな~(笑)。