ミステリ読書録

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北森鴻/「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る! 」/光文社刊

北森鴻さんの「なぜ絵版師に頼まなかったのか 明治異国助人奔る! 」。

明治13年、曾祖父を亡くし天涯孤独となった13歳の葛城冬馬。おじから紹介してもらった
奉公先は東京大學医学部主任のドイツ人、ベルツ先生宅。破格の給金と高待遇だが、たった一つ
の条件が髷頭であること。熱狂的日本贔屓のベルツ先生は日本的なものが大好きらしい。頑固な
曾祖父が亡くなったら髷を落としたいと思っていた冬馬だったが、そのままの姿で奉公に行くことに。
日本語は堪能だが読み書きが苦手なベルツ先生の為に、冬馬は毎日新聞を読み聞かせることが日課
なった。ある日ベルツ先生は米国人水夫二人の決闘死事件に興味を抱く。一人が相手を拳銃で撃つ
直前に、「なぜエバンスに頼まなかったのか」と激しく詰め寄ったというのだ。この言葉は何を
意味しているのか?忙しいベルツ先生の代わりに横浜へ情報収集に行かされることになった冬馬
だったが――明治の帝都を舞台に雇われ外国人医師ベルツとその弟子冬馬が5つの難事件に挑む。


ようやく回ってきました。北森さんの新刊。出て割とすぐに予約したのになぜか蔵書数が1冊
しかなく、思ったよりも時間がかかりました。北森作品は人気あるからいつも入荷数が多いのに、
内容がマニアックそうだからでしょうか^^;入荷数とか一体どういう基準で決めてるのかなぁ。
人気作家の作品でも一冊しか入らないことがあったりするから不思議。予約数も多いんだから
もっと入荷すればいいのになぁと思うこともしばしば・・・。

今回の舞台は明治の帝都(東京)。この時代に蔓延る政治的な不穏な空気が漂う中、日本贔屓の
ドイツ人医師ベルツやスクリバののんびりしたキャラや、一作ごとに名前と職業の変わる市川
歌之丞(改め市川扇翁改め小山田奇妙斎改め・・・と、職業を変える度に改名して行くのです)
のとぼけたキャラであまり重苦しくならずに読めました。ただ、キャラは良いのですが、
謎解きに関しては肩透かしですっきりしないものが多かったです。この時代の風俗や習慣が
垣間見えるという意味では興味深く読んだのですが。
ベルツ先生と冬馬の師弟関係が良かったです。一作ごとに数年単位で年月が流れて行くので、
冬馬の成長物語としての意味合いが強いのかも。始めは13歳で初々しかったけれど、最後
の話では22歳。語学も堪能になり、医学の知識もつき、かなり聡明な青年に成長しています。
しかも、ベルツ先生を『小さく頼りなく感じる』程、肉体的・精神的にも成長していることが
伺えます。でも、弟子が師匠を小さく感じるというのはちょっと切なくなりますね。それでも、
お互いに想い合っている師弟関係の絆の深さはこれからも変わらないんだろうな、と思います。
読んでてちょっと物集高音さんの大東京シリーズの雰囲気を思い出しました(あれは昭和初期の
話でしたが)。

意味深な最後の「執事たちの沈黙」のラスト。これはまだ続きがあるということを示唆して
いるんでしょうか。そして、もっと気になるのはこの会話が誰と誰のものによるものなのか
です。最初は語り手は仮名垣魯人改め葛城頓馬で相手が冬馬だと思ったのですが、全ての
内容は冬馬が知ってることである以上、この話を冬馬に語って聞かせるのは変ですよね。
相手は誰なんでしょうか。

各作品のタイトルは有名なミステリ小説のもじり。こういうタイトルのつけ方する作家さん
多いですね。知ってる作品だとにやりとしちゃいますけどね。ちなみに各作品の
タイトルは以下。


なぜ絵版師に頼まなかったのか
九枚目は多すぎる
人形はなぜ生かされる
紅葉夢
執事たちの沈黙


原典を読んでるのは「人形~」と「執事たち~」のみ。ミステリ小説のもじりとはいえ、
内容とはおそらくほとんど関連がないかと思われます(原典を読んでいないものについては
推測でしかありませんが)。読んでない原典作品も是非読んでみたいですね。