ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

伊坂幸太郎/「モダンタイムス」/講談社刊

伊坂幸太郎さんの「モダンタイムス」。

会社から姿を消した先輩の五反田の仕事を後輩の大石倉之助と供に引き継ぐことになった渡辺。
パソコンの画面に入力項目を足すだけという仕事の筈が、プログラムの解析をしたことから、
ある複数の単語を検索すると特別なサイトに行き着き、それを見た者は酷い目に遭わされる
ことに気付く。サイトの管理者は一体何が目的でこのようなシステムを作ったのか?渡辺は、
巨大な陰謀に知らず知らず巻き込まれて行く。『検索から監視が始まる』――漫画週刊誌
『モーニング』で連載された長編小説を単行本化。


やっと読み終わりました。伊坂さんの新作。『魔王』から50年後の日本が舞台。実は、『魔王』
は伊坂作品の中で唯一私が苦手だと思った作品です。『考えろ、考えろ』という直截的なメッセージ
に引いたというのもあったけれど、一番大きかったのは、主人公が持つ能力の設定がとても中途
半端なまんまで終わってしまったから。結局彼の持つ能力が作品に何らかの影響を及ぼした訳
ではなく、一体何の為の能力だったのかわからないまま物語が閉じてしまい、非常に消化不良だった
のです。それまでの伊坂作品で感じられていた緻密な伏線が最後に繋がる爽快感を感じることが
出来なかったので不満ばかりが残る作品でした。強いメッセージ性のある作品なのはわかるので、
これが伊坂作品の最高傑作だという人の気持ちがわからないわけではないけど、私の求めている
伊坂作品ではなかった。主人公のラストの奇禍も唐突すぎてついていけなかったし。彼は何故
ああなったのか?の説明が一切なかったし。続編でもその答えは得られず、ラストシーンだけは
印象に残ったけれど、やっぱり腑に落ちない気持ちばかりが残る作品でした。多分私の読み取り
不足だったんでしょう。伊坂ファンにとっては「わかってないな」と思われるかもしれませんが、
私には何一つ響いてこない作品でした。残念ではありましたが。

そういう前提があったので、実はかなりびくびくしながら読みました。なるべく先入観を持ちたく
なかったので、他の方の記事は一切読まないようにしていたけれど、どうやら『魔王』よりは
ゴールデンスランバー』の方に近い作品らしいという情報だけは得てました。読んでみて、
なるほど、と納得しました。
確かに、『ゴールデンスランバー』とは対をなすような作品だと思う。それは、あとがきで作者
ご自身も言及されているので、意図して書かれたものだということがわかります。『ゴールデン
スランバー』で主人公は何かわからない大きな情報操作によって、『殺人犯』に仕立て上げられる。
こちらは反対に、一人の人物が同じ様に誰かの意図した情報操作によって『英雄』に仕立てあげ
られる。片や人から憎まれる存在で、片や人から崇め奉られる存在。両者が置かれる立場は正反対
ですが、彼らに起きた出来事は全く同質のものだと思う。情報が一人の人物の人格を作り上げる
という点で。それが全くの嘘であり、本当のその人物とは全く異質な人格であるとしても、世間
にとっては、その情報が『真実』になってしまう。少し前に読んだ荻原浩さんの『噂』を思い
出したのですが、こうやって、人は噂によってその人たちによって都合のいい事実を作りあげて
行くんだな、と怖くなりました。本書で、ある人物が『英雄』になった背景には、恐ろしい事実が
隠されています。それは普通で考えれば到底隠蔽できないような事実であるのに、いとも簡単に
世間を騙して違う事実を作りあげる。真実を知れば知る程、何故その事実が明るみに出なかった
のか不思議で仕方なかったです。どんなに隠そうとしても、誰かが真実を漏らしてしまえば
全てが無になってしまうのに。そこで使われたある手段がとても怖い。誰もが口を噤まざるを
得ない状況に追いやるその手段が。全体的に、読んでいて随所で『恐怖』を感じる作品でした。
のっけから出て来る拷問にも面食らいましたが、中盤で出てくるある人物の拷問シーンには
本当に気が遠くなりかけました。痛い話ダメなんだって!!ってか、あんまり酷すぎ。伊坂さん
って、Sなんじゃないか!?と思いました。想像しただけで、痛みが襲ってくるかのようでした。
だって、この間似たような経験したばっかだし。それの千倍痛いんだよ、きっと!!その辺りは
かなり読んでいて辛かったです・・・いや、ほんとに、読み飛ばしたかったくらい。拷問を
受ける人物が淡々としてるだけに、余計に嫌だった。そんなの受け入れちゃうなよ!って
言いたくなりました。







以下ネタバレあります。未読の方はご注意を!















全体的には伊坂さんらしい台詞やキャラが多く、それなりに楽しめたのですが、消化不良な部分も
多く残りました。『ゴールデンスランバー』同様、結局渡辺たちを陥れた監視者の正体はわからない
ままだし、渡辺の不倫相手である桜井ゆかりの正体も不明。彼女と渡辺の出会いは間違いなく
仕組まれたものだろうけど、それを仕組んだ意図もわからないし、そもそも、渡辺が何故不倫を
しようと思ったのかも疑問に感じました。終盤ではあんなに佳代子への愛が感じられるのに。
恐妻の佳代子に嫌気がさして魔が差しただけなのかもしれないけど、彼の普段の妻への態度を
考えると何か腑に落ちないものを感じました。それにしても佳代子さんのキャラは強烈だった。
好感を覚える部分と、嫌悪を覚える部分、両方兼ね備えた女性ですね。浮気はするなということか。
でも、拷問はやりすぎだよ~^^;

『魔王』の潤也が亡くなっていたのは残念でした。50年後だから仕方ないとはいえ、生の
彼の姿に出会いたかったな。でも、彼のその後の人生にはびっくり。彼の一生を追った作品の
方が面白そうだったりして・・・。

作家・井坂好太郎には驚きました。伊坂さんが筆名と同音の名を作中に使う作家だとは思わな
かったので。敢えて自虐するような性格を当てたのかな、とか、小説家としての自分を投影
させたかったのかな、とかいろいろ勘繰ったのですが、あとがきで単に名前を考えるのが億劫
だったという理由だったのがわかってずっこけました^^;でも、井坂が最後に言う「たった
一人だけに届けばいい」とか、そういう台詞は、やっぱり伊坂さんご自身の言葉でもあるのかな、
と思いました。










何にせよ、今回は主人公の能力が弱冠ですが作中で生かされたところは良かったです。『魔王』
で感じた不満は少し解消されたかな。でもやっぱり『ゴールデンスランバー』の方に近しい
ものを感じる作品でした。

ところで、私が読んだのは通常版ですが、本屋で特別版の方も見かけました。私としては
イラストなしで良かったと思う。あんなに分厚いと読みづらくて仕方ないし、イラストが
変に入ってるとイメージ崩されちゃうし。特別版で読んだ方の意見も聞いてみたいですけどね。