ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

田中啓文/「辛い飴 永見緋太郎の事件簿」/東京創元社刊

田中啓文さんの「辛い飴 永見緋太郎の事件簿」。

トランペット奏者・唐島がその昔大変影響を受けたシカゴのトランペッター、ジェフ・キャンディが
生きていた。しかも、未だに同じバンドのメンバーで音楽を続けているという。大手レコード会社
T社がそこに目をつけ、契約を結び来日約束も取り付けた。半年前に収録したというライブのMD
を聴くと、四十年を経てなおその技量は衰えていなかった。しかし、来日直前に送られて来たMD
は聴くも無残な音に変貌してしまっていた。一体彼らに何があったのか?(「辛い飴」)テナー
サックス奏者・永見緋太郎が不可解な日常の謎を鮮やかに解き明かす連作短編集。


前作『落下する緑』は、ブログを始めた二年前の年間短編ベストの2位に入れた程気に入った
短編集です。ジャズバンドのテナーサックス奏者である永見が日常の謎を解決する連作集ですが、
行間からジャズの音楽が溢れ出て来て、こちらまでスウィングしたくなるような素敵な作品でした。
その永見にまた会えると非常に楽しみにしていた作品です。蔵書が一冊な為、他の方より大分
遅れを取ってしまいましたが、ようやく読むことが出来ました。

全体の感想としては前回よりもかなりミステリ度が低くなったように感じました。解決が強引
で説得力があまり感じられないものもいくつか。でも、行間からにじみ出てくるジャズへの
愛は相変わらずですし、永見の飄々とした性格や、音楽バカっぷりもそのままで嬉しくなりました。
音楽のことしか頭になく、かなりの世間知らずな性格の永見を、ついつい放っておけずに面倒みて
しま唐島の気苦労を思うとちょっと気の毒になりますが、この二人の関係はとても好きですね。

あと、唐島クインテッドのメディア進出が随分多くなっているのが意外でした。マニアックな
バンドのイメージがあったのですが、ジャズ界ではかなりの有名バンドという位置づけのよう
ですね。唐島さんの人徳とテクニックの賜物といえるのかもしれませんが。まさか高校野球
生演奏までしちゃうとは。ジャズ奏者がやる仕事とは思えなかったですが^^;

前回はタイトルが『色』繋がりでしたが、今回は『味』。その名詞に普通はあまりつけない
形容詞がついているのが面白かったです(『辛い飴』『酸っぱい酒』『甘い土』etc)。
ご本人もおっしゃってますが、最後の方はちょっと苦しい感じがしますね^^;

ちなみに、田中さんには大変申し訳ないのですが、間に挟まれる『「大きなお世話」的参考
レコード』のページはほとんど読み飛ばしてしまいました・・・(だって全然知らない
アーティストばかりなんだもん^^;;)。




以下、各作品の短評。


『苦い水』
ラストで明かされるからくりにほろりとしました。優れた音楽家が埋もれて行くのは、同じ
音楽を志すものにとっては耐え難いことなのかもしれません。一度堕落してしまうと這い上がる
のは難しいかもしれないけれど、素晴らしい仲間がいるから、きっと彼は大丈夫でしょう。


『酸っぱい酒』
これはミステリとしても読み物としても面白かった。伝説のブルースマンとは誰なのか?永見に
よって明かされる真実に驚かされました。人間の思い込みと盲点をついた一作ではないかな。
でも、ラストの駄洒落オチがいまいちピンと来なかったんですが^^;苦しすぎない?


『甘い土』
これ、永見シリーズじゃなくてUMA子だよね・・・って思ったのは私だけ?おんびき祭文思い出し
ちゃったよ・・・。トンデモオチは邪馬台国シリーズみたいだし。田中さんらしいっちゃ田中さん
らしいんだけど、永見シリーズではやって欲しくなかったような・・・。


『辛い飴』
真相にはびっくり。そんなの音楽聴いただけで見破れるものなの?と永見の耳の良さには
恐れ入りました。荒唐無稽な話ではあるけど、いい作品だと思いました。音楽って、時には
テクニックを越えて、魂だけでも人を感動させることができるってことですよね。


『塩っぱい球』
これはちょっと苦しい真相でした。こんな名前の偶然、そうそうあるとは思えないけどなぁ。
球場で、プロの音楽家を呼んで生演奏してもらったりすることなんてあるんでしょうか。
私、野球オンチなのでいまいちよくわからなかったんですが。よくあることなら贅沢ですねぇ。


『渋い夢』
これも苦しかった。絶対無理じゃないか、それ・・・と思いました。動機を考えても、ちょっと
やり方が回りくどすぎる気がしました。いくら技術があっても、短時間で○○○○○○○を
○○するのはそんなに簡単じゃないと思うのですが。しかも、超貴重なものなんですよね。
傷とかつけちゃったらそれこそ大問題だし。ちょっと腑に落ちなかったですね。


『淡白な毒』
タイトルが苦しくなってきたのがわかります(苦笑)。真相は一番苦いかも。でも、ミリカに
とっては少し救いのあるラストでよかったです。ラストの永見の『自分の耳以外になにが
信じられますか』という言葉が印象的でした。





あとがきによると、もう次のシリーズ連載も決定している模様。次のタイトルが何シリーズに
なるのかが一番楽しみかも。数字はつまんないから違うのにして欲しいなぁ(わがまま?)。
このシリーズ読むと、ジャズがとっても聴いてみたくなりますね(知識はゼロだけど^^;)。
永見のサックス、聴いてみたいなぁ。