ミステリ読書録

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西澤保彦/「夢は枯れ野をかけめぐる」/中央公論新社刊

西澤保彦さんの「夢は枯れ野をかけめぐる」。

 

五十路を前にして、長年勤めた百貨店を早期退職し失業中の羽村祐太は、高校の
同窓会で同級生の加藤理都子からアルバイトをしないかと持ちかけられる。
その場では具体的に何をするのかにごす理都子だったが、彼女の様子から興味を
引かれた祐太は、とりあえず一日だけ体験してみてから続けるかどうかを決める
ことを提案する。後日祐太の自宅にやってきた理都子は、『あるもの』を
持って来て、「これなの、お願いしたいのは」と言う。意外なアルバイト内容に
面食らう祐太だったが――(「迷いゴミ」)。質素倹約を目標とし、静かに余生を
生きる祐太のもとに持ち込まれる些細な謎を描いた連作集。


随分西澤さんらしくない作品でしたが、なかなか面白かった。そつなく仕事をこなし、出世も順調に進んでいたのに、ささいなきっかけで勤め先を早期退職してしまった
中年男が主人公。この主人公の羽村祐太のキャラ設定がなかなか面白かった。
この羽村氏、人生で一番大切なことが『貯蓄』。退職する今までひたすら娯楽を
排除し、食事も一日一回、それもほぼ野菜中心。
交通費倹約の為、二時間でも三時間でも歩く。もちろん、配偶者なしの独身。
自らの貧乏だった子供時代に植え付けられた『金を失うことの恐怖』が心に染み
付いている為、ひたすらお金を貯めることに心血を注いできたという訳。そんな
彼が何故早期退職なんかしたのかという事情については読んで頂くとして、
退職したとはいえ、彼の貯蓄はこのまま質素倹約すれば一生食べるのには困らない
ほどの額になっているので、さほど焦って再就職先を見つける必要もない。
実際、リタイアしても以前と変わらぬ生活を続けるので、のんびりゆったり生きて
いて、ちょっと浮世離れしている印象もあります。祐太の飄々としつつ、穏やかな
性格のせいか、全体的にゆったりとした雰囲気が漂っています。でも、それぞれ
話に取り上げられているテーマは、ゴミ問題や認知症、老人介護や孤独死など、
現代社会の重い問題が軸になっていて、なかなかにずしりと身につまされる部分
が多かったです。基本的に『老い』がテーマになっているだけに、ついわが身を
省みてしまう。どんな人にも『老い』や『死』はやってきますから。祐太みたいに
こつこつ貯蓄して、中途退職で悠々自適生活を送るのは理想っていう気がする。
でも、老いて独り身というのは、周りに気兼ねしなくて楽そうでもあるけど、
やっぱり寂しい気がするなぁ。
祐太のように、『失うのが怖いから始めから手に入れない』という考え方も
わからなくはないですが。二話目の『戻る黄昏』のラストなんかを読んでしまうと、
子供を一生懸命立派に育てても、老いてからこんな風に扱われるなら虚しいだけに
なってしまう。宗則氏の子供たちの自分勝手な振る舞いにはかなり腹が立ちました。
自分が当事者になったらまた違うのかもしれませんが・・・。

 

主人公の祐太の元には問題が持ち込まれるけれども、祐太自身はさほど謎解きを
する訳ではありません。謎と解くのはその時々で変わり、祐太の時もあればその場に
いる他の人物の時もある。かなり変則的な連作集と云えるかも。ただ、登場人物
なんかは全部の作品が繋がっているので、散漫な印象はありません。トータルで
一冊の長編と云ってもいい構成になっているし。
ラストでは西澤さんらしいトリックが仕掛けられています。といっても、途中
ちょこちょこ出て来る伏線が結構あからさまなので、大抵の人は途中で気付いて
しまうのではないかな(私でも気がついたくらいだもん←ミステリ最低レベル人間)。西澤さんの某作品のトリックと酷似しているのがちと気になりましたが、これは
これで巧いので、まぁいいか(他にも超有名作に同じようなトリックがありますが)。

 

ラストはとてもやるせない気持ちになりましたが、祐太の決断に少し救われる
思いがしました。
彼のような人物でも、こういう状況になれば心を動かされるんだなぁと感慨深い
ものが。
少なくとも、彼の一言で『彼女』は救われたと思う。
地味な作品ですが、『老い』についていろいろ考えさせられ、なかなか興味深く
読みました。

 

らしくないというか、西澤さんの新境地的な作品と云えそう。
でも一番驚いたのは西澤さんお得意のレ○ビアンが出て来なかったことと、出て来る
登場人物の名前が『普通』だったことかも(笑)。