ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

辻村深月/「太陽の坐る場所」/文藝春秋刊

辻村深月さんの「太陽の坐る場所」。

F県の高校を卒業して以来、毎年同窓会を開催してきた3年2組のメンバーたち。卒業して10年、
地元のF県組、東京を始めとする県外で生活する組、それぞれに悩みや未来への欲望を抱える年齢に
さしかかっていた。一年ぶりに集まったメンバーたちの間で、女優になった『キョウコ』のことが
話題になる。10年間、一度も同窓会に来ない『キョウコ』。ブラウン管で華々しい活躍を続ける
彼女が同窓会に来ないのは何故なのか。その裏には『忙しい』以外の理由があるのではないか。
同級生たちは次の同窓会に何とか彼女を呼ぼうと連絡を取ろうとするのだが――。


ようやく予約が回って来ました。すぐ予約したのに、結構待たされたなぁ。蔵書1冊だから仕方
ないのですが。なぜか、いつも蔵書が少ない辻村作品。人気あると思うのに、なんでだろ。
図書館員の認知度が低いんだろうなぁ。図書館の蔵書数って、誰が決めてるんだろ。さして
人気のない作品なのに蔵書が何冊もあったり、予約が何十人もいるのにたった一冊ってことも
ある。たまに抗議したくなりますよ・・・。

毎度のごとく、リーダビリティがあるのでぐいぐい読まされる。でも、今回は登場人物一人一人に
ほとんど好感の持てる人物がおらず、それぞれの内面描写が負の感情ばかりなので、少々読むのが
しんどかったです。高校時代の苦く冷たい思い出が鍵となっているので、全体のトーンが暗い。
どろどろした欲望や、他人への嫉妬など、それぞれの人物の心理描写は非常にリアリティがあって
巧いとは思うのですが、正直読んでいて気持ちの良い話ではないです。共感出来る人物がいない
訳ではなく、自分にも身に覚えのあるマイナスの感情だったりするから余計居心地が悪いというか。
あんまり向き合いたくない嫌な自分と出会ってしまった、みたいな。ただ、由希だけはもう、全く
共感できず一切好感の持てない人物でしたが。割とステロタイプの憎まれ役というか、まぁ、世の
中にこういう計算高い女っているよね、と陰口を叩かれるタイプ。自分を良く見せようとして、嘘
を吐き続ける姿は哀れですらあるけど。彼女の言動にはいちいちムカムカしました。

一番良かったのは紗江子の章かな。真崎という『誇れる存在』を手に入れた彼女がそれにしがみ
つこうと足掻く姿は、由希とは違う哀れさを感じたけれど、彼女の気持ちはすごく理解できる。
真崎の本当の才能や人となりに気付きながらも、それに気付かないフリをして、自分を好きだと
言ってくれる存在を手放さないようにする。クラスにいても脇役になってしまうような冴えない
容姿の人間なら尚更。相手が自分を利用しているだけだとわかっていても、その手を振りほどく
ことはできないんじゃないかな。まぁ、私だったら真崎みたいなタイプは願い下げだけど。彼女
のコンプレックスはすごく共感できました。でもこの章で一番良かったのはラストの貴恵の行動
かな。親友の為にああいうことが出来る人物はそんなにいないと思う。すかっとしました。真崎が
その後家庭でどうなろうとも、やって来たことの報いは受けるべき。貴恵はこの作品の中で一番
好感の持てる人物だったかも。彼女は紗江子のことを「正しい人」と評したけれど、私に言わせて
みれば貴恵の方がその言葉に相応しい人物なんじゃないかと思いました。平凡だけど、正しい人。
この作品に出て来る他の登場人物の言動を読んでいたら、変にがつがつしてなくて、過去にも
捉われず、自分の今の生活を素直に受け入れている貴恵のような人物が一番幸せなんじゃないかと
思いました。過去にすがって生きるのはやっぱり苦しいし、辛い。それでも過去の過ちや幸せや
しがらみを捨てられないのが人間なんだろうけど。

ミステリとしてはさすがにミスリードが巧みで、すんなり騙されました。わかって第一章を読み
直してみると、確かにちゃんと伏線が仕掛けられているのがわかる。ただ、ミステリ的な謎解きを
最終章の前に据えてしまった為、最後の響子の章が少々蛇足に思えてしまった。響子視点の作品
が必要なのはわかるのだけど、個人的にはあっと驚かせた状態で物語が閉じる展開の方が好き
なので、せっかくのミステリ的驚きが薄れて全体の印象もぼやけた感じになってしまったのが
残念。響子の章でからくりがわかる構成に出来なかったのかなぁ。なんか、謎解きが島津の章
ってのも気に入らない。彼はそれほど重要な人物に思えなかったから。例えば島津じゃなくて
リンちゃんの章だったら納得したと思うんだけど(その後に響子の章があっても)。ちょっと
その辺には不満が残りました。響子とリンちゃんが決別した高校時代の出来事も、もう少し
きちんと描写してもらいたかったなぁ。なんか、断片ばかりで(予想はつくけど)、すっきり
しなかった。

青春の痛さ苦さ、大人になってしまったかつての高校生たちの心理描写のリアルさなどは
やっぱり巧いなぁという感じでした。
辻村さん、あとは「子供たちは夜と遊ぶ」だけが未読。早く読まなきゃ。図書館もやっと入荷
してくれたところだし。上下巻って予約の時期が難しいんですよねぇ^^;傑作との声が
高いので、楽しみにしているのですけれどね。