ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

北村薫/「鷺と雪」/文藝春秋刊

北村薫さんの「鷺と雪」。

女子学院に通う士族の娘・花村英子は、兄の雅吉から奇妙な目撃談を告げられる。英子の同級生で
桐原侯爵の娘・道子の義理の小父・滝沢子爵の姿を浅草の暗黒街で見かけたというのだ。滝沢子爵は、
5年前にあるパーティの場で不可思議な失踪を遂げて以来、行方不明になっていた。雅吉が見かけた
滝沢子爵は浮浪者のような姿をしていたという。名門華族の子爵が何故?ことの真相を知る為、英子
ベッキーさんと供に真相解明に乗り出した――(「不在の父」)。士族のお嬢様英子と、お抱え
運転手のベッキーさんが活躍するシリーズ完結編。


ああ~~やっぱりこのシリーズはいいなぁ。でも、終わってしまった。哀しい。哀しすぎる。前作の
ラストでベッキーさんの暗い過去が明かされ、物語が不穏な方向に進んで行くのかと心配していた
のですが、そんなことはなく、どちらかかというと1作目の雰囲気に戻ったような感じです。
一作目から完結編である『鷺と雪』までは三年の月日が流れていますが、英子もその間に随分と
成長を遂げたように思います。人間に対しても不可思議な謎に対しても真摯に向かい合い、ベッキー
さんの助けを借りながらもきちんと自分で答えを見つけ出す英子はやっぱり素敵なお嬢さんです。
答えがわかっていながらも、英子本人に答えを導かせるベッキーさんの心配りも相変わらず。
この二人の関係は本当に素敵だなぁと思います。以前の作風に戻ったと述べましたが、最後の
『鷺と雪』はこれが完結編なのだとわかるラストが用意されています。それはとても衝撃的であり、
この時代ならではとも云える悲しみとやるせなさに包まれたものでした。英子にとってはおそらく
ある人物に関して、あまりにも辛く重い事実を受け止めねばならないラストだったと思います。
作中では全てが語られず、その先を読者の想像に委ねる形になっているだけに、事実がどうなった
のかはわからないのですが・・・多分、おそらく。英子が明るく芯の強いキャラクターなだけに、
この後を想像するのが辛い。おそらくその人物は英子にとって・・・(この先は作品をお読み
頂ければおわかりになるかと思います)。
大好きなシリーズが終わってしまうのはやっぱり悲しい。もっともっと英子とベッキーさんの
活躍が読みたいのに。この時代設定は北村さんの美しく情緒溢れる文章とぴったりなんですもの。
これで終わりは勿体ないよぅ(涙)。



以下、各作品の短評。

『不在の父』
英子と兄・雅吉の関係が微笑ましい。なんだかんだ言いながらも仲の良い兄妹なんですよね。
この兄妹の会話がとても好き。雅吉主体の話も読んでみたかったなぁ。この作品でのある人物と英子
の再会にとても喜んでいただけに、ラストの話でどーんと落とされました・・・。
滝沢子爵失踪のからくりはなる程、そういうことか、と思いました。明かされてみるとなーんだ
って感じでしたが全然推理できませんでした^^;。結末は苦すぎます。こんな終わりを
用意するとは、北村さん・・・。

『獅子と地下鉄』
少年が夜中に上野に出かけた理由には温かい気持ちになりました。当時の上野も物騒な人々と
いうのはいたんだなぁ。英子のある行動には私もひやひやしていたのですが、案の定・・・。
英子を守るベッキーさんのかっこいいこと!いやもう、うっとり。お姫様を守るナイトですね。
やっぱり宝塚・・・^^;

『鷺と雪』
先に述べたように、ラストは重くやるせない。それでも、このシリーズの終わりには相応しいの
かもしれません。のんびりお上品な作風の中にも、その時代を感じさせる重さや苦さが所々で
警鐘を鳴らすように挟まれる作品だったから。
ドッペルゲンガーの真相はちょっと犯人像からすると手が込み過ぎているかな、と思いました。
ところで、雅吉兄さんは誰に失恋したんでしょうねぇ。



この作品の良さを伝えるには、私の語彙力じゃ到底無理です。とにかく、素敵なシリーズなので
読んでみて欲しいとしか言い様がありません。文章を読んで、日本語というものの持つ美しさ、
素晴らしさを感じて、そして、登場人物の語る言葉の重みを胸に刻んで欲しい。
今回も胸に響く言葉がたくさんありました。何でも出来るベッキーさんが英子に言った
「別宮には何も出来ないのです――お出来になるのは、お嬢様なのです」という言葉。
ベッキーさんが言うからこそ、深く心に沁みました。


三部作、是非多くの人に読んで欲しいシリーズです。お薦めします。