ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

初野晴/「漆黒の王子」/角川書店刊

初野晴さんの「漆黒の王子」。

武闘派を標榜するヤクザ・藍原組で組員が眠ったまま死んで行くという奇妙な怪死が連続して発生。
組長代代行の紺野と片腕の秋庭の携帯には事件の度に『ガネーシャ』と名乗る犯人からの不可解な
犯行声明がメールで送りつけられた。一方、地下の『暗渠』で目を覚ました『わたし』は怪我を
した状態で記憶を失っていた。そんな『わたし』の前に現れたのは、『王子』や『時計師』を
始めとする7人の浮浪者たち――『わたし』に名前をつけようとした彼らの前で『わたし』が
つぶやいた言葉は――「ガネーシャ」。そして彼らは『わたし』を『ガネーシャ』と呼ぶように
なった・・・上側と下側、二つの世界が交錯し、復讐の炎が燃え上がる――第二十二回
横溝正史ミステリ大賞受賞第一作。


『1/2の騎士』がとても良かったので、一躍気になる作家に躍り出た初野さん。本書も以前から
読みたい読みたいと思いながらも、上下ニ段組でかなりの分厚さに少々腰が引けてなかなか借りれ
ずにいましたが、あちらこちらの絶賛記事を目にし、ようやく読んでみました。

読み終えてみると、疑問点がいくつも残っていることに気付きます。全ての謎が解明されたとは
到底言いがたく、あれってどうなった?とか、アノ人とアノ人の繋がりは?とか、そもそも
二つの世界の時系列ってどうなってるんだ?とか、今、頭の中は大混乱中。誰かに解説して
欲しいくらい。そういう意味で、ミステリとしては完成度が高いとは言い難い。でも、そういう
細かい部分はどうでもいいと思えるくらい、不思議な世界観のこのダークな物語にのめり込んで
夢中になって読んでしまった。正直、『上側の世界』パートはヤクザの世界のハードな暴力描写
に何度も顔を背けたくなったし、残酷な紺野や冷徹な高遠の人物描写に嫌悪ばかりを感じて読む
のがきつかった。『任侠学園』の阿岐本組とは180度違う、義理人情なんてどこにも存在しない、
現実のヤクザの世界の厳しさ、怖さをこれでもか、と叩きつけられた感じでした。
私が惹かれたのはなんといっても『下側の世界』パート。記憶を失くした『わたし』の前に
現れた地下の『暗渠』で生きる『王子』や『時計師』といった中世オランダの職業名を名乗る
奇妙な浮浪者たち。暗くじめじめとした闇の世界で生きる彼らと曰くありげな『わたし』との生活。
中には『わたし』に対して攻撃的な人物もいて、『わたし』がどうなるのか、不安と緊張が入り
混じった緊迫感を感じながら読みました。少しづつ明かされていく『わたし』と浮浪者たち両者の
過去はどちらも痛々しく、重い事実が胸に突き刺さりました。
地下の住人はどの人物もどこか歪んでいて、『わたし』に対して複雑な感情を見せる。長く日の
当たらない生活を続けて行けば、人はやっぱりどこか精神的にも肉体的にも歪みが生じてくる
ものなんでしょう。読んで行くうちに、彼らの狂気が少しづつ私の中にも入り込んでくるような
空恐ろしさを感じました。こんな地下世界の暗い世界で生きて行くのはどれだけの孤独と戦わ
なければならないのか。ファンタジックな設定なのに、身寄りがなく人生の落伍者として生きる
彼らの生活は、現実社会の冷たさや厳しさを暗示させるものでした。

二つの世界で共通して出て来る「ガネーシャ」がどう繋がるのかと思っていたら、割とストレートな
展開で、あまり意外性というのはなかったです。それを言ったら冒頭の少年の正体も、もうひと
ひねりあるかと思っていたのにそのまんまだったので拍子抜けでしたが・・・^^;

ただ、殺人犯の「ガネーシャ」がどうやって「眠るように」人を殺したのかという謎は、最後
まで見当がつかなかった。真相を読んで「なるほど」と思いました。始め実現可能なのか疑問に
感じたのですが、きちんとその辺りの説明も細かく書かれていたので納得できました。すごい
殺人方法だなぁ・・・。殺されたのが「ヤクザ」だからこそ、成立する殺害方法ですね。










以下ネタバレあります。未読の方はご注意を。














一読しただけではなんだか理解できなかったところがいくつもあったのですが、そもそも
『わたし』が初めて『暗渠』で目を覚ました時に怪我をしていたのは何故?時系列が
どこに繋がるかがわからなかったのですが・・・(バカ?)。一瞬、ラストと
『下側の世界』の冒頭が繋がるのかとも思ったのですが、額を撃ち抜かれてたら死んでる
のは明らかだし・・・。下側の世界は一体上側の世界のどの時期と重なっていたのでしょう。
なんだかたくさんの読み落としがあるようで落ち着きません^^;

『王子』の正体も結局わからないまま。これはわざとぼかしたのかもしれませんが・・・。
始めは、『王子』は紺野が海外に行っていた時に知り合った外国人と出来た子だったりするの
かも・・・とか深読みしていたりもしたのですが(年齢的には合ってるし^^;)。
できれば、『わたし』の代わりに水樹でもいいから、街の公園に行って話を聞いた所まで
書いて欲しかったなぁ。『王子』と『わたし』の最後のシーンに哀しくなりました。
『時計師』は最初は印象最悪だったけど、なんだかんだで一番『わたし』の面倒をよくみて
あげていただけに、彼への伝言が切なかったです。もう一度、会わせてあげたかった・・・。
ラスト一行で少しだけ救われた気持ちになりました。せめて、葬ってくれる人たちがいたと
思えただけでも。『王子』は間に合ったのかな・・・。

なんだか他にもいくつか疑問があったのだけど、まぁ、いいか。読み落としがいっぱい
ありそうなので、もう一度おさらいしようかな・・・。







腑に落ちない点はいくつも残っているけれど、そんなことはどうでもいい。痛々しく残酷で、
どこまでも救いのない復讐の物語。重いし読むのがきつい場面もありましたが、読めて良かった。
この人の物語や会話のセンスはやっぱり独特で好きだなぁ。『水の時計』も早く読もう^^