ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

道尾秀介/「龍神の雨」/新潮社刊

道尾秀介さんの「龍神の雨」。

大雨が降った日、添木田蓮は義理の父を殺す決意をした。母が死んで以来、蓮と妹の楓に暴力を
ふるい、部屋にこもりっきりになったあの男を。蓮は、寝ているあの男が一酸化炭素中毒で死ぬ
よう小型湯沸器のスイッチを入れっぱなしにしてバイトに出かけた。あとは運次第――しかし、
大雨がすべてを狂わせた。事態は思わぬ事態へ、『最悪』の方へ目指して転がり始めた。血の繋がら
ない親と暮らす二組の兄妹(弟)に降りかかる陰鬱な事件と龍神の雨――著者渾身の最新長編。


はい。という訳で道尾さんの新刊です。デビュー作から追いかけて来た道尾さん、ここ最近の
活躍ぶりを見るにつけ、正直ここまで『化ける』作家になるとは思っていませんでした。でも、
一作読むごとに着実に実力をつけているのは感じていたし、信じてついて来て良かったなぁと
思う今日このごろです。だって、みんなが口を揃えて『イマイチ』とこき下ろした『片眼の猿』や、
デビュー作の『背の眼』だって面白いと一人擁護してきたのですもの(えへん!←何様?)。
「見る目があった」って、ちょっとくらいは自慢してもバチは当たらない、よね?・・・って、
二作目の『骸の爪』、読んでないじゃん・・・全作読破もしてないくせに自慢するなってオチ
でした・・・(がくり)。

って、自慢にならない自慢話はさておき、本書。今回もまんまと道尾さんの仕掛けにはまりました。
ただ、今回は「これは伏線だろう」と思った箇所は結構当たってたんですよね。でも、それが
わかっても全く真相には辿り着けなかったのが情けないところではありますが。犯人の人物は
その言動からなんとなく怪しいなぁとは思いながらも、真相の一歩手前に来るまでからくりは
さっぱりわからなかったです。二組の兄妹(弟)の視点が交互に出て来て、複雑に交錯し合い、
少しづつ真相に肉薄して行く過程は非常に緊迫感があって、ドキドキしながらページを捲りました。
デビュー作で感じた『冗長さ』は一体どこへ行ったのだろうと思える位、不要な要素が省かれ
スピーディな場面展開に、作者の筆力は確実に上がっていると感じました。そして、背景を飾る
陰鬱でじっとりとした雨の描写がそこはかとなく不安感を盛り立て、独特の雰囲気を醸し出して
いて非常に効果的だと思いました。そこにプラスした龍神伝説の妖しさも良かったですね。

ただ、仕掛け自体は今回はそれほど複雑ではなく、割とオーソドックスなどんでん返し。いつもの
二転三転する謎解きの驚きみたいなものはちょっと薄かったかな。ミスリードのさせ方は抜群に
巧いし、充分騙されたんですけれども。道尾さんってことを考えると地味めだったかなぁって
印象です。でも、本書はミステリ部分よりは二組の兄妹(弟)とその義理の家族との確執や絆と
いった心理面の方が読ませ所なのかな、という感じがしました。










以下ネタばれあり。未読の方はご注意下さい。













添木田兄妹の義父の真相にはまんまとやられました。妻が死んで自暴自棄になったからといって、
子供たちに暴力をふるっていたのは許せないことだけど、彼なりにまっとうな人間に戻って子供
たちとやり直したいと思っていたのでしょうね・・・。
彼の本当の姿がわかって取り返しのつかない過ちを犯したことに気付いた蓮の気持ちが切なかった
です。雨さえ降っていなかったら、彼らはもしかしたら幸せな家族になれたのでしょうか・・・。

兄の辰也を思う圭介の健気な心にじーんとしてしまいました。終盤で兄を助ける為に危険を
顧みずに行動する彼の頑張りには胸を打たれました。圭介のキャラは弟視点の時と楓視点の時では
随分ブレがあるように思ったので、何かあるぞとは思っていたのですが、もともとは楓視点の時の
彼の姿が本当なんでしょうね。

犯人が最後に蓮に打ち明けたあの事実に関してですが、私はどうしても疑問を感じます。だって、
医学的にどうなのかはわからないのですが、最初から義父が死んでいたのなら、ポットで頭を
殴った後、スカーフに沁みだす程の血が出るのはおかしいんじゃないのかな。死んだ直後だったら
あり得るのかもしれないけれど・・・あれは犯人が最後に蓮に報復する為についた悪意ある嘘だった
のではないでしょうか。もちろん、蓮も楓も罪に問われることは必死だろうけど、最終的に手を
下したのはあの狂気の悪魔だったのだと思いたい。







やっぱり道尾作品は面白い。個人的にははずれなしと思ってるくらいなんですけど(同意は
得られそうにないけど^^;)。ただ、欲を言えば終盤の大まかなからくりがわかってから
もう一ひねり欲しかったかなぁって感じはしました。道尾さんだからまだ何かあるだろうって
思って残りのページを読んでいたのですが、すんなり終わってしまったので・・・^^;
道尾さんに求めるハードルが高くなっちゃうのは、それだけ作者に期待しているということ
であり、それに答えてくれる作家だとも思っているからなのです。

蓮が圭介に言った「家族のことだけは、どんなことがあっても信じなければいけない。
たとえ血が繋がっていても、いなくても。家族なら、信じなければいけない」という言葉が
強く胸に残りました。血の繋がりなんか関係なく、家族の絆って存在するんだって思いが
伝わって来ました。蓮たち兄妹の今後は気がかりですが、彼らは一人じゃないから、きっと
大丈夫、でしょう。