ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

門井慶喜/「おさがしの本は」/光文社刊

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門井慶喜さんの「おさがしの本は」。

和久山隆彦は、N市立図書館の調査相談課に配属されて三年、毎日レファレンスカウンターで
市民からの図書相談を受け付けている。ある日、K短大文学部の女子生徒がカウンターに相談に
やってきた。教授から出されたレポート課題の為に探している本があるという。しかし、彼女が
探している本は存在しない本だった。教授が存在しない本を参考図書に挙げる訳がない。隆彦
は、彼女が本の題名をメモに書き写す時に間違ったのではないかと指摘するが、次々と意外な
事実が浮かびあがって来て――図書館レファレンスをめぐる、探書ミステリー。


無類の図書館好きであり、図書館がなければ生きていけない程の図書館へヴィユーザーである
私にとって、図書館が舞台という設定だけで手に取る理由になります。これは書店で平積みに
なっているのを目にした瞬間『読まねば!』と思った作品。門井さんは以前に読んだ二作の美術
ミステリはなかなか好みの作風でしたし、今回も端正で理路整然とした図書館蘊蓄が挿入されて
いるのかなぁなどと想像しつつわくわくしながら手に取りました。

図書館を題材にしたミステリというと、筆頭で思いだすのがミステリフロンティアから刊行
された森谷明子さんのれんげ野原のまんなかでなのですが、あちらが図書館の中で起きる
本にまつわる日常の謎を題材にしていたのに対して、こちらは本当にそのまんまの図書館
レファレンス、つまりタイトル通りの顧客が探している本を図書館員が探すレファレンス
行為のみに焦点を絞った作品でした。そういう意味では、ミステリとしてはかなり地味な
展開だと言わざるを得ない。とにかく、一冊の本を捜すことを軸としたミステリなので、あっと
言わせるミステリ要素などは皆無。地道に論理とデータ探索で一冊の本を導き出す、まさに
司書のお仕事の内情が垣間見えるお仕事小説、と云えるでしょう。
私はもともと学生の頃から司書の仕事に憧れていまして、大学でも司書過程は履修していたので、
レファレンスの仕事に関してはそれなりに勉強しました。課題でいくつものキーワードを本を
頼りに探しだすというレポートを書いたこともあるので、レファレンス業務に関してはだいたい
のことはわかっていたつもりですが、隆彦の仕事っぷりを見ていて、改めて少ないキーワードから
顧客が望む一冊の本を割り出すことは大変なんだな、と思わされました。ただ、大変そうだけれど、
その過程はとても面白い。二人で探せば知識合戦みたいになるし、一人であればいろんな角度から
推理のヒントを得ようと探求していく。それはまさに探偵が推理を組み立てて行く様と似て非なる
ものではないかと思いました。

一話目の『図書館ではお静かに』の推理の経緯はちょっとピンとこなかった部分もあったのですが、
二話目の『赤い富士山』はなかなかおもしろかった。ただ、富士山と○○○○○を見間違えるか
という部分に関して、実物の写真がないので多少疑問に感じないでもなかったですが。
三話目の『図書館滅ぶべし』は蔵書探索ものとしては一番面白かった。ただ、この本、私には
隆彦の謎解きの前にピンと来てしまいました。隆彦みたいに歴史を三期に分けるとか小難しい
ことをしなくても、二つ目のヒントだけで。これは多分、この本に出て来る登場人物が大好きな
もうじき三歳になる姪っ子のおかげかもしれませんが(苦笑)。隆彦のように、私も天啓のように
ぽん、とその単語6文字が頭に浮かびました。子供が最初に発する音のみで構成される言葉。
なるほどねぇ、と思いました。潟田のヒントの出し方も洒落てますね。

最後の二話は(というか、三話目からですが)、図書館の廃止か存続かがテーマになっているだけ
に、シビアな展開にはらはらしました。財政面では割と潤沢な方である我が市では考えられない
ことだけれど、ここに出て来るN市のように財政難で税金を図書館に回せないような町もきっと
たくさんあるんだろうな、と気付かされました。当たり前のように使っている図書館がなくなって
しまう。そんなこと考えたこともなかったし、考えるだけでも暗鬱な気持ちになりますが、潟田
の言葉(『図書館は無料貸本屋』とか)はいちいち説得力があったり身につまされたりして、胸に
ぐさぐさ突き刺さりました。だからこそ、隆彦には論理で打ち勝って欲しかった。心の中で、隆彦
ガンバレ!と応援しながら読んでました。

とても面白く読んだだけに、ラストの展開にはがっかりした面もありました。隆彦にはずっと
図書館員でいて欲しかったから。これじゃ、続編も書けないだろうし。残念。
隆彦自身の性格に関しては、一作目ではカタブツのお役人気質を前面に出していたのに、それ以降
の作品ではかなり顧客に対して柔軟になっているし、後半の図書館廃止に対抗する姿勢は完全に
お役人気質には反しているので、少々キャラ造形にブレがあるところは気になりました。
図書館の為に頑張る後半の熱いキャラは好感が持てたので良かったですけどね。

相変わらず無駄に難しい用語がちょこちょこ出て来るところは多少読みにくさもありましたが、
全体的には、図書館好きとしてはかなり好みど真ん中の作品でした。思った以上に図書館の
レファレンス業務に肉薄している作品だと思いました。ただ、私自身は図書館で実際レファレンス
ってしてもらったことないんですよね^^;今は自分で機械で蔵書探索できるし。蔵書してるのに
開架で見つからない時に探してもらうとかはありますけど。そういう意味ではレファレンスカウンター
ってそんなに使用頻度の高い場所ではないですけども。それでも、十分楽しく読めました。

図書館好き、本好きの方には是非おススメしたい一作。ミステリとしての派手な論理展開は皆無
なので、コアなミステリファンには向かないと思いますけれども^^;
装丁も好きだなぁ、コレ。