ミステリ読書録

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米澤穂信/「追想五断章」/集英社刊

米澤穂信さんの「追想五断章」。

 

平成四年。武蔵野の小さな古書店・菅生書店の居候兼アルバイトの芳光は、高額の
報酬に惹かれて、伯父である店主には内緒で、ある女性客から個人的な依頼を
請け負う。依頼人の北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた五編の小説を
探したいという。五編の小説は、どれも結末が曖昧なリドルストーリーだが、
彼女の父親は、一応の結末をすべての小説につけていて、その結末の一文を可南子
が持っているという。少ない手がかりを辿って一作づつ目的の小説が見つかって行く
が、調べて行くうちに、可南子が4歳の時にベルギーで起きた『アントワープの銃声』
の事件のことが浮かび上がって来る。彼女の母親が謎の死を遂げたこの事件で、
一時的にせよ疑われたのは彼女の父親その人だった。父親の小説を見つけることは、
彼女の母の死の真相に触れることでもあり、父親の罪を暴くことかもしれない――
芳光は真実を見つけることが正しいのかどうか迷い始めるのだが――。



古書店の店員が依頼人から頼まれた本を探すというストーリーは、少し前に読んだ
紀田順一郎氏の古本屋探偵の事件簿を彷彿とさせました。あちらは本職の
古書店主かつ『本の探偵』、こちらはアルバイトでにわか『本の探偵』という
大きな違いはありますが。主人公の芳光は理由あって大学を休学せざるを得なくなり、
伯父の古書店の居候となり、アルバイト店員として勤め始める。芳光にはやりたい
ことがあり、どうしても大学に復学したい。そのためにはお金が要る。そんな状況の
時に、父親がかつて書いた五編の小説を探したいという一人の女性と出会う。仕事の
報酬は、一作が見つかるごとに10万円。高額報酬につられて、伯父に内緒で仕事を
受けてしまいます。そして、目的の小説が載っている雑誌や同人誌を見つけだして
行き――。と、こんな感じでストーリーは進んで行きます。本を探して探偵活動を
するというストーリーはなかなか魅力的で、それなりに楽しめたのですが、作品が
一作づつ見つかって行く過程がどうもご都合主義的な部分が多く、こんなに上手く
とんとん拍子に無名の小説が見つかるもんかなぁと少々首をかしげてしまいました。
その過程にいまひとつ説得力がないというか、不自然さを感じるというか。そもそも、
過去に起きた事件の謎に対する回答を小説の中に託して真実を伝えるというやり方は
あまりにも回りくどすぎないかなぁ・・・。っていう、そういうツッコミはしちゃ
いけないんだろうな^^;

 

ただ、作中作のリドルストーリーの完成度が高くて、体裁は長編ミステリなのですが、
優れた短編集を読んだような充実感もありました。特に、リドルストーリー(結末を
曖昧にして読者にその先を委ねる形の小説)だと思っていた作品に、結末となる一文
が加えられるだけで、全く違った印象に変わるところはとても新鮮でした。この一文
がオチになっているという意味でも、最近の米澤さんがフィニッシング・ストローク
(ラスト一行の衝撃)の小説に拘っていることが伺えますね。正直、オチの一文が
あっても意味がわからない作品もあったのですが・・・(ただ、これに関しては、
終盤に判明するある事実のせいであることがわかってある程度は溜飲が下がったの
ですが・・・それでも、ラストの『雪の花』だけはやっぱりいまひとつピンと
こなかった・・・よ、読み取り不足?^^;)。

 

基本的には面白く読んだのですが、ちょこちょこと気になる部分があって、なんとなく
すっきりしない読書って感じでした。一応平成四年の出来事なのですが、昭和の作品を
読んでいるようなレトロ感も覚えましたし。確かに、17年前ってことは、芳光が携帯
を持っていないのも当然ではあるのですが・・・。
あと、菅生書店のもう一人のアルバイトである笙子の存在が中途半端だったのも
引っかかりました。彼女が突然芳光の手伝いを降りたのは何かの伏線かと思って
いたので、あっさり舞台から消えてそのままになってしまったことが何だか腑に
落ちなかったです。芳光自身の家の問題も、もう少し掘り下げて書いてほしかった
なぁ。実家に帰るエピソードまで書いたなら、もっと根本的に彼の側の問題も解決
するべきだったのでは。どうも、要らない要素まで入れてしまったことで、作品
全体の印象が散漫になってしまった気がする。不要な要素は排除して、可南子の
依頼のことだけにした方がすっきり読めたように思いました。
芳光自身の人物像のブレもちょっと気になったんですよね。古本屋の仕事は『腰かけ』
だと言って適当にやってるような態度を見せながら、古本の扱いや古本の知識は豊富
だったりするし。一介の大学生にしては、世事に長けているようなところもあって、
今回も登場人物の年齢と人物像が一致しない印象がありました。米澤作品って、
いつもそこで引っかかるんですよね、私・・・。

 

ううむ。なんか、面白く読んでた割に、記事にしてみたら不満が多かった・・・
あれれ?^^;
でも、今までにない作者の新境地という感じで、新鮮でした。ただ、個人的には、
『儚い羊たちの祝宴』を超える作品ではなかったです。
芳光は今後本当に大学を諦めて郷里に帰ってしまうのでしょうか。彼の進退も
ちょっと気になるなぁ。まぁ、続編があるとは思えませんけどね。