ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

本多孝好/「チェーン・ポイズン」/講談社刊

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本多孝好さんの「チェーン・ポイズン」。

三十六歳、平凡なOL。個性のない生活をし、個性のない会社で個性のない仕事を続けてきた。
しかし、そんな毎日を続けることが、ある日たまらなく嫌になった。そして、会社を休み、
あてもなく足を向けた公園でぽつりと漏らす。「死にたい」と。そこで、スーツ姿の人に
声をかけられ、ある約束を交わす。その約束の期日まで一年。その日までどうやって過ごそう
か――。巷では毒物による三人の自殺者が相次いでいたが、彼らを関連づけて考える人間は
いなかった。しかし、自殺したうち二人の生前にインタビューをしていた記者は、彼らの死には
何かがあると考え、三人目のOLの死を調べ始める。平凡なOLはどんな人と言葉を交わし、どんな
生活をして、何を思っていたのか。記者は調べれば調べる程、彼女のことがわからなくなって
行く。果たして、彼女の自殺の背後に隠されたものとは何なのか――著者渾身の長編ミステリー。


まさか本多さんがこういう作品を書くとは思わなかったので驚きました。今までとは大分作風
が変わっていますが、とても面白かったです。一年後に自殺することを決意している36歳のOL
(いや、会社は早々に辞めてしまうので元OLか)と、一年後に自殺をしたOLの死の真相を探る
雑誌記者二人の視点から物語は進んで行きます。OLは、会社を辞めてなんとなく児童養護施設
ボランティア活動をしながら、死ぬまでの日々をカウントダウンしていきます。でも、なんとなくで
始めたボランティア活動だったのに、そこの児童たちと触れ合ううちに、だんだんと彼らに親しみを
感じ始めます。一方、相次ぐ自殺者を不審に思った雑誌記者は、最後に自殺したOLの死の真相を
探るため、彼女が生前親交があった人間にインタビューをして回る。でも、そこから出てくる
言葉は、彼女が全く親しい友人もいなく、孤独であったことを裏付けるものばかり。取材を
続けて行くうちに、記者の男は、この孤独なOLに特別な感情を抱いて行く・・・と、二つの
パーツが交互にラストに向かって語られ、それぞれの心理描写が巧みに描かれます。自殺を
決意した人間の自暴自棄になった気持ちや、インタビューした人間が自殺してしまった記者の
やるせなさ、無力さ。それでも、真実を追求したいという思い。どちらの人物にも感情移入
しながら読み進めました。特に、平凡なOLで、この先の未来が見えず、将来を悲観する『おばちゃん』
パートは、同年代で独り身で、同じような境遇である人間としては、かなり共感できる部分が多く、
それだけに読んでいて痛かったです・・・。私も、一年後、楽に死ねる薬をあげると言われたら・・・
もしかしたら。そして、自分の死を、誰が悼んでくれるだろう。そして、例えば私が死んだとして、
記者が取材に来たら、誰が私の本当の姿を語ってくれるのだろう・・・とか、いろいろと考えて
しまいました。

非常に巧みな構成になっているのですが、ミステリとしての仕掛けはかなり早い段階で気が
ついてしまいました。これは、ミステリ読み慣れてる人なら大抵の人は気付けちゃうんじゃないか
なぁ。小さな齟齬がいくつもあって、だいたい、それが伏線になってるんだろうなぁっていうのも
わかっちゃいましたから^^;でも、確かに気付いてしまうとミステリとしての面白さというのは
半減してしまう場合が多いのだけど、この作品に関しては、それが『騙し』だとわかってるから
こその面白さがある作品という感じがしました。もちろん、素直に騙された人の方が純粋に作品を
楽しめるとは思いますが。『おばちゃん』が、最後にどうなってしまうのか、はらはらしながら読み
ました。終盤、『おばちゃん』の頼みを裏切った園長には責任感のなさを感じましたが、やはり
最後は園長も人の親だったということなんでしょう。でも、その後の『おばちゃん』の態度がすごく
かっこよかったです。死を覚悟した人間というのは、こうも強くなれるものか。そりゃ、何も失う
ものがないけどさ・・・。園長の息子にはただただ嫌悪感しか覚えなかったです。

こんな直球のミステリを書く方だと思わなかったので、かなり意表をつかれましたが、作者の
引き出しの一つを見せてもらった気分です。心理描写が巧みで、かなり惹きこまれての読書と
なりました。でも、最後は本多さんらしい爽やかさで読み終えられて、読後は明るい気持ちに
なれました。『百合の家』の今後のことを考えると、道は平坦ではないでしょうけれど、みんなで
助け合って生きて行ってほしいな、と思います。

ただ、一点気になったのが、三十代半ばの独身女性のあだ名が『おばちゃん』になってしまう所。
子供たちから見れば二十歳だっておばちゃんになってしまうのだから、そりゃ、わかりますよ。
わかるけど、でも、ほかの大人たちまで『おばちゃん』って呼ぶっていうのは、どうなんでしょう。
っていうか、私だったら絶対耐えられないんですけど・・・。実際おばちゃんって呼ばれる立場に
いるけど、甥姪には絶対そう呼ばせてないもん(往生際が悪いという)。『おばちゃん』が『おば
ちゃん』って誰かに呼ばれる度に、ちょっと切ない気持ちになりました・・・。

今までの軽い本多作品とは大分雰囲気が違いましたが、なかなかきっちり構成されたミステリで
面白かったです。お薦め。