ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

本多孝好/「WILL」/集英社刊

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両親の遺した葬儀屋を営む森野は、高校の元同級生の佐伯杏奈から頼まれ、彼女の父親の葬儀を
請け負う。葬儀は滞りなく終わったが、四十九日の法要と納骨を終えた後半月程して、再び森野の
元へ杏奈がやって来た。彼女のもうじき三才になる甥っ子が、彼女の父親の幽霊を見たと言い出して、
それ以来彼女の母親の様子がおかしくなり、気がかりだという。森野は、死者についての出来事を
見過ごすことが出来ず、自分で調べてみると請け負う。死者は何かを伝えようとしているのだろうか
――『MOMENT』から7年後の世界を描いた、待望の姉妹編。


とっても良かったです。おさらいとしてMOMENTを読んでおいて、本当に良かった。本書だけ
読んでも普通に感動できたとは思うけれど、森野と神田の7年前の関係を知った上で読むのと
そうでないのとでは全然違う。本書だけ読んでたら、神田の人物像が良くわからず、なんとなく
「いい人っぽい」くらいの印象でしかなかったと思う。神田も7年前とは随分雰囲気が変わって
いて、これが姉妹編って知らずに読んでいたら、「MOMENT」の青年と神田の姿は重ならなかった
かもしれません。まさかこんなに愛情深い人間だとは。「MOMENT」の時は、お人好しだけど、
なんとなく人との付き合い方が淡白というか、どこか一線を引いて接しているような印象があった
ので、森野に対する気持ちが7年の間にここまで変化しているとは驚きでした。前作では神田
からの恋愛感情は全く伺えなかったので・・・。二人の関係が変化してからの二年間のことも
書いて欲しいなぁ。
森野の方は森野の方で、随分と女性らしくなったというか、「MOMENT」の時よりずっと性格も
柔らかくなった感じ。やっぱり、それは神田の影響なんだろうなぁ。アメリカと日本で遠距離
恋愛(?)を続ける二人の関係がどうなるのかが一番気になっていたので、ラストで快哉を叫び
たくなりました。まぁ、マンガかと思う位のベタさでしたが、それがもう、最高に嬉しかった。
そして、最高の功労者である竹井さんに座布団10枚進呈してっ!って言いたくなりました(笑)。
竹井さん渋くて優しくて素敵だなぁ。娘さんが発作起こして大変だった時の森野とのエピソードに
心が温まりました。まだ幼かった森野の必死の言葉も健気で泣けました・・・。

「MOMENT」は病院で清掃のアルバイトをしている青年が死者を送る話でしたが、本書は葬儀屋
という直截的な立場から死者を見つめた作品。どちらもテーマが『生』と『死』であることは
間違いありません。そういう意味でも、両者は対になるお話と云えそうです。身近な人の死が
悲しいのは当たり前ですが、亡くなった人が生前何を思い、何を伝えようとしたのか。それを
知った後の残された人間たちの切なさや、やるせない思いが伝わって来て、心に響きました。
主人公も遺族も、淡々と故人の死と向き合っているだけに、『死』は特別なものではなく、
どんな人間にもいつか訪れるものであることが伝わって来る。読者を感動させようと意図した
あからさまなお涙頂戴ものではなく、静かにじわじわと心に沁みてくる感じが好きでした
(そこは前作と同じ印象)。

森野は、一見無愛想でクールだけど、人が困っているのを放っておけないお人好しな所が
あって、本当は不器用なだけでとても優しい人だと思う。前作から好感は抱いていましたが、
本書を読んで、もっと森野のことが好きになりました。神田も似たようなところがあるから、
二人は似たもの同士なのかもしれません。森野のいい所を見抜いた神田はやっぱりいい男だ。
二人はとってもお似合いのカップルだと思う。どっちも不器用だけど、そんな彼らがとても
愛しい。

タイトルの「WILL」は途中で出て来たリビング・ウィルから来ているのかと思っていたので、
「意思」の意味だと思っていたのだけど(それも一部入っているかもしれませんけど)、ラスト
を読んでヤラレター!と思いました。気にはなっていたんだけどね・・・森野のソレ(読んだ方
ならわかって頂けるハズ)。巧いですね、本多さん。

ACT.2『爪痕』のラストに出て来た一行がとても心に残ったので引用しておきます。

『死者の死を生者が静かに弔い、生者の生を死者がひっそりと支えている』

そんな風に誰もがきっと、死者と向きあって生きて来たんだろうなって、思う。
『死』がテーマになっているだけに、途中切なくてやるせない気持ちにになったりするけれど、
読後は爽やかな温かさと優しさに包まれました。
空を見上げて、死者に想いを馳せたくなる、そんな作品。装幀もとても綺麗で素敵。
お薦めです。