ミステリ読書録

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辻村深月/「V.T.R.」/講談社ノベルス刊

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辻村深月さんの「V.T.R.」。

ヒモのような怠惰な生活を続けるティーの元に、三年前に別れた最愛の女・アールから突然電話が
かかってくる。『これから、自分の酷い噂話を聞くことになっても、自分は何も変わっていない。
アールにだけは信じて欲しい』と云って電話を切った彼女。未だに彼女を愛するティーは、親しい
友人たちにアールの近況を聞いて回ることに。その度に、彼女に関する良くない噂ばかりを耳にする
ティー。一体、彼女に何があったのか――『スロウハイツの神様』のチヨダ・コーキによる
デビュー作を書籍化。


豪華両面カバー仕様と聞いて、迷わず購入。カバー折り返して見るとわかりますが、とっても
装幀が凝ってます。しかも、奥付もきちんとチヨダ・コーキバージョン、辻村深月バージョン両方
入っていて、細部にまで拘りが感じられて、ちょっと感動。辻村さんも担当者も気合入れて企画した
んだろうなぁっていうのが伝わって来ました。あくまでもこれは辻村深月の物語ではなく、チヨダ・
コーキの物語なんだって意気込みが感じられました。ちなみに、チヨダ・コーキとは、辻村さんの
既作スロウハイツの神様に出て来たキャラクターの一人で、若い世代に絶大な人気を誇る小説家。
チヨダ・コーキは、17歳で本書を書いてデビューしたという設定なので、文体もまだまだ完成
されていない、十代がいかにも書きそうな青臭くてラノベっぽい文章になっています。所々に
設定の甘さを感じる部分があるのも、辻村さんが『敢えて』そうしてのだとすると、本当に
この人すごいなぁと思ってしまうのですけれど。ただ、辻村さんのことは排除して、この作品が
本当に無名の新人作家が書いたものだとして読んだとすると、少々不満が多いと言わざるを得ない。
ラストのジュウニ章のどんでん返しは良いのだけれど、結局なぜアールが売春なんかに手を染める
ようになって変わってしまったのかがわからないままなので消化不良でした。つまるところ、ある
モノを手に入れる為にお金が欲しかったということ?そうだとしても、組織的に売春斡旋したり
麻薬に手を出したりして極限にまで自分を貶めてまでしてしなきゃいけなかったのかは疑問が残る。
私の読み取り不足なのかな。ただ、すべてが一人の男の為だったってことだけは確かなこと
なんだろうけど・・・。二人が別れた理由も結局曖昧なままだし。なんか、どうもすっきりしない
ものがありました。このラストもね・・・。何かもうひとつからくりがあって、実は・・・という
展開を期待していたのだけれど、「え?これで終わっちゃうんだ?」って感じでした。どこまでも
悲しく、残酷な物語。そもそも、合法的に人を殺しても許されるっていう荒唐無稽な設定ですしね。
純粋で優しいエピソードの数々は、コーキの性格そのままが反映されているのですけれど。臆面も
なく友達を『大好き』と言ってしまえる辺りは、辻村さんの姿が垣間見えるし。「らしさ」は随所
で感じられたのですが、正直、私が期待していたものとはちょっと違ってました。構成としては
巧いんですけどね。でも、チヨダ・コーキが書くものには救いがあって欲しかった。アールが
とても『いい女』という設定なだけに、噂や憶測だけではない、『本当の彼女』に関するエピソード
が読みたかったです。
アール視点の物語も書いて欲しい。こんな風に純粋に人を愛することが出来るのは、やっぱり
素晴らしく『いい女』に違いない、と思う。だからこそ、ラストが悲しすぎた。彼女にはもっと
幸せになって欲しかった。彼女が必死で守ろうと頑張ったことが報われなかったのが虚しい。
なんか、作品の『仕掛け』の為のコマ扱いで終わってしまったのが残念で。結局『アール』
というキャラクターの掘り下げが足りないのが不満なんだと思うのです。噂や追想だけで彼女
というキャラクターが出来上がってしまって、本人登場がVTRだけっていうのがね。って、
だからタイトルにまでなっているのか・・・!?

まぁ、あのチヨダーコーキの作品が読めたというだけでも嬉しかったです。二作目、三作目
がこちら名義で書かれることはあるのかな。次はもっと救いがあるお話がいいなぁ。ティー
キャラは、最初はなんだか語りが甘ったるくてあまり好きになれなかったのだけど、ラストまで
読んだらアールほどの女があそこまで入れ込んだ理由がわかりました。かっこ良かったのね、君。
面白かったし、新人のデビュー作とすればいい出来なんだろうとは思うのだけど、どうも、
個人的には手放しで絶賛出来る作品ではなかったです。単純に、これは好みの問題かも。

装幀(カバー)がとにかく素晴らしいので、図書館派の方には残念かも。書店で見かけたら是非
カバーをひっくり返してみて下さい(普段図書館派の私がこういうアドバイスをする日が来る
とは・・・!苦笑)。