ミステリ読書録

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辻村深月/「光待つ場所へ」/講談社刊

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辻村深月さんの「光待つ場所へ」。

T大学2年の清水あやめは、一般教養の『造詣表現』を履修する為に提出した自分の絵に自信を
持っていた。大学の桜並木、燃えるような赤い色で咲いている桜の間を通る道、絵の中央には
後ろ姿で立つ少女。『幸せの小道』というタイトルをつけた。予想通り、合格者の中にはあやめ
の名前があった。最初の授業で、教授は開口一番『今年の出品作はすごい』と言った。あやめは
当然自分の絵のことだと確信していた。だが、教授が興奮して紹介したのは、あやめが描いた
「幸せの小道」を映像に撮ったものだった。その映像はあやめを打ちのめした。絵に対して絶大
な自信を持っていたあやめは、その瞬間、人生で初めて敗北感を味わった。それが、田辺颯也
との出会いだった――(『しあわせのこみち』)。瑞々しい感性で描く三つの中編を収録。


辻村さんの新刊。今回も体裁はほぼ『ロードムービー』と一緒です。三作とも過去の辻村作品の
どれかと繋がっていて、スピンオフ的な作品集となっています。一応どのお話も単独でも楽しめる
とは思いますが、元ネタ作品を読んでいた方がより楽しめるのは言うまでもありません。相変わらず
辻村さんの書く女性心理は痛い。一作目のあやめも二作目のトーコも、自分と他人は違うとどこか
上から目線で物事を見ている節がある。実際あやめは絵の才能があるし、トーコも優れた容姿を
持つ美少女なのだからそれはそれで当たり前の感情なのかもしれないのですが。どちらのヒロイン
も、嫌悪を覚えるところは、どこか自分にも身に覚えがあるからってところもあるんですよね。
もちろん、自分にはない部分の方が多いけれども。心理描写が巧みすぎるというか、行き過ぎてる
せいか、ほんとに読んでいてちくちく突き刺さるんですよね、辻村さんの作品って。ああ、痛いなぁ、
こういう感情あるよなぁ、みたいな。でも、そのプライド振りかざして何になる?って反発心
を覚えたりもして。そんなにいろいろ考えないで、もっと単純に生きればいいのにって思ったり。
だから、一作目、二作目はなんだか純粋に作品が良かった、とか言い切れない自分がいる。痛々しい
女の子のお話で終わっちゃってるような気がなきにしもあらずだったり・・・。
そういう意味で、一番好きだったのはラストの『樹氷の街』でした。男子目線だし、純粋に彼らの
友情物語を素敵だと思えた。相変わらずイタイ女の子も出て来るけれど、彼女も最後には好感持て
たし。もちろん、好きな作品のスピンオフだったっていうのも大きい。彼には、こういう過去が
あったんだねぇ。彼には彼なりの、たくさんの葛藤を抱えていたのだということがわかって、
真から友達だと云える仲間が出来たことが本当に嬉しかったです。なんだかんだ文句つけつつ、
やっぱり辻村作品には最後に感動させられちゃうんだよね。巧いなぁ、やっぱり。でも、過去作品
のリンクは、ファンにとっては嬉しいけれど、やっぱり単独で読む人には不親切だよなぁと思う
ところもあります。ただ、リンクから離れた二作『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ』『ふちなしのかがみ』
どちらもイマイチ好みからはずれてた訳で、私の辻村作品の好みはやっぱりリンク世界の中にある
のかな、と感じるところもあったり。うーん、難しいですね、この辺りは。リンクに拘って欲しい
と願う自分もいる反面、そこから離れた作品も書いて欲しいと思う自分もいる。ファンというのは
かくもワガママなものですね。


以下、各作品の短評。

『しあわせのこみち』
冷たい校舎の時は止まるのスピンオフ。田辺って出て来てたっけ?なんか、鷹野と深月は
覚えてるんだけど、その他の脇役キャラの名前とか全然覚えてなくて、こんな人いたっけ?と
思ってしまった^^;全編に亘って痛い独白が続くので、ちょっと途中で辟易したところも
ありました・・・。でも、ラストシーンは好き。相手の反応が気になります・・・。

『チハラトーコの物語』
スロウハイツの神様のスピンオフ。チハラトーコって誰だ?と思ったら、これはお初のキャラ
になるのかな?環が出て来て、やっと『あー、スロウハイツと繋がるのか』と気付きました。
チハラトーコの上から目線のキャラもちょっと鼻について好きじゃなかったけど、トーコと環の
関係の部分は良かったかな。

樹氷の街』
凍りのくじら名前探しの放課後のスピンオフ。
合唱祭のピアノがここまで話題になることなんてあるのかなぁ。私が中学の時の合唱祭でも、
ピアノあんまり上手くない子が弾いたりしてるクラスもあったけど、あくまでピアノは伴奏だし、
そんなに重要視されてなかった覚えがあるんだけど。でも、クラス一丸となって合唱祭に向けて
練習する姿は学生らしくて清々しい。郁也と天木たちとの友情も良かったし、お手伝いの多恵
さんの存在が物語に優しさと温かさを加えていて良かった。郁也と多恵さんの関係も良かったな。
ベタだけど、ラストの多恵さんの郁也へのセリフにはほろり・・・。血の繋がりがなくても、
本当の祖母と孫のように、二人の間には確かな絆があるんだな、と感じられて嬉しかったです。
理帆子登場にもニヤリ。郁也の為なら帰って来るよね、そりゃ、どこにいてもね。




辻村さんのずるいところは、こういうスピンオフ作品を読むと、絶対に過去作品を読み返したく
なるところ。過去の作品を過去のものだと思わせない、それは辻村さんの作戦のひとつなのかも
しれない。だって、今、もう一度郁也や理帆子の物語を読み直したい気持ちでうずうずしてる
もの。リンクは、辻村さんなりの過去作品をもう一度読み返して欲しいというメッセージなのかも
しれないな。