ミステリ読書録

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深水黎一郎/「五声のリチェルカーレ」/創元推理文庫刊

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深水黎一郎さんの「五声のリチェルカーレ」。

転校したばかりの大人しい14歳の少年が起こした殺人事件。家裁調査官の森本は、少年と接見し
少年の動機を探ろうとするが、少年は黙秘を続ける。しかし、数日の接見の末、ようやく口を
開いた少年が発したのは「生きていたから殺した」という意味の言葉。更に、昆虫好きで将来の
夢が昆虫学者だという少年は、「昆虫と同じように、擬態に失敗したら待っているのは死」だと
続ける。少年の言葉の意味するものとは一体何なのか――文庫書下ろし作品。


講談社ノベルスの芸術シリーズが気に入った深水さんの文庫オリジナル作品。評判が良いので
楽しみにしていました。思っていた作品とは大幅に違っていたのですが、仕掛け重視の本格
ミステリで、なかなか面白かったです。深水さんらしい薀蓄もちょこちょこ挟まれていましたし。
ただ、昆虫と音楽という、全く違うジャンルの薀蓄が違う人物によって語られる為、その二つが
今ひとつ上手く融合しているように感じられなかったのが残念。特に森本による音楽の薀蓄が
なんだか唐突な感じがして、ちょっと浮いているような印象がありました。真相がわかるラスト
でこの音楽の薀蓄が非常に重要になっていることはわかるのですが・・・。犯罪と音楽を重ねて
考えるのはちょっと無理矢理な印象を受けてしまいました。
ただ、仕掛け自体はなかなか巧妙で、非常にオーソドックスな騙しの手法とはいえ、まんまと
騙されてしまいました。鋭い人は気付けちゃいそうですけどね。真相がわかって読み返すと、
文章の中にしっかり真相へのヒントが隠れていることに気付いて悔しく思うのですが。この
シンプルな仕掛けを導く為にしては、少々冗長というか、回りくどさも感じましたが。ページ数は
少ないのですが、昆虫やら音楽の薀蓄が合間合間に挟まれるからそういう印象を受けてしまった
のかも。特に、虫嫌いとしては昆虫の薀蓄部分は読むのがキツかった。それに、少年が受ける
イジメ描写が延々続いて行くので精神的にはあんまり楽しい読書ではなかったです。イジメを
受けている少年の両親の態度も酷かったし。特に母親。明らかに息子がイジメを受けていると
わかっているのだから、もっと違う対応の仕方があるんじゃないかと腹が立ちました。再会出来る
かもわからない小学生時代の天文少年だけを心の拠り所にしている少年がなんだかとても哀れでした。
その後の少年の変化に関してはあまりにも王道の展開で、こうやって気弱な少年も悪の道に引きずり
込まれて行くんだなぁ、と気が滅入りました。イジメを題材にした作品はやっぱり精神的に読むのが
しんどいです。昌晴は昆虫学者になるという夢を持っているから、まだ未来への希望があるという
意味で、ましだったのかもしれませんが。

上手いなぁ、と思ったのは、犯罪を起こした少年が『誰を殺したのか』が最後までわからない点。
あの人かな?それともあの人?いやいや、やっぱりあの人物?と、自分の中で候補が二転三転
してました。少年自身のことと相まって、いろんな謎が一気にわかるラストは目からウロコの
思いでした。やっぱり、こういうラストであっと言わせる仕掛けのあるミステリは好きですね。
『生きていたから殺した』の意味も、真相読んでああ、そういう意味だったのか、と溜飲が下がり
ました。

ラストの森本の独白では、この事件が『四声のリチェルカーレ』だったと述べられていますが、
タイトルは『五声の』。残りの一声は、やはりあの人物を指していると考えていいのかな。
この事件には、森本自身も気付くことのない『もう一声』が隠されていた、ってことですよね。
なかなかに考えられた意味深なタイトルだなぁと感心しちゃいました。


同時収録された『シンリガクの実験』ですが。こちらも鼻持ちならない主人公の歪んだ性格に
辟易して、ムカムカしながら読んでいたのですが、ラスト一行には唖然。まさかそう来るとは・・・。
もっとどん底まで救いのない話になるかと思ったら・・・。これもある意味、かなり衝撃的な
フィニッシングストロークの作品と云えるのでは。どっちかっていうと脱力、に近かったけど^^;
しかし、主人公みたいな子がいるクラスには入りたくないなぁ。無意識に洗脳されちゃいそう^^;
こういう人間が将来犯罪者になるんじゃないのか・・・?あるいは何かの教祖か。空恐ろしい。まぁ、
今回の出会いがいい方向に向かって良かったです。でも、なんか読み終えて腑に落ちない
気持ちになったのはなぜだろう・・・。