ミステリ読書録

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畠中恵/「ゆんでめて」/新潮社刊

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畠中恵さんの「ゆんでめて」。

長崎屋の若旦那、一太郎は、日本橋で小間物屋を開いている兄の松之助の妻お咲に子が出来たと
聞き、お祝いを持って行くことにした。小間物売りなどが犇めき合う広い通りを兄や達や鳴家
たちと歩いていると、二股に分かれている道にさしかかった。普段なら弓手(左)の道に行く
筈だった。しかし、そこに今まで気付かなかった小さな祠を見つけ、お参りして行く為そちらに
近づいた。すると、以前に出会った生目神様に似た姿を見かけた。思わずその御仁の後を追い
かけた一太郎は、知らず走っていた。行く筈でなかった馬手(右)の方へ。そして、その道は
決して行っては行けない道だった――(「ゆんでめて」)。大人気『しゃばけ』シリーズ第9弾。


しゃばけシリーズ最新刊。やっぱり、畠中さんはこのシリーズが飛び抜けて面白いと思う。
マンネリ化を避ける為か、一作ごとに長編だったり短編だったり連作短編だったりといろいろ
趣向を凝らしているのがわかります。今回は連作短編とも言えるし、普通の短編集とも言えるし
でも、トータルで読める長編と言っても差し支えがないような、少し凝った作品構成になって
います。これは、一作づつ読んでも絶対に良さがわからないでしょうね。そして、必ず収録
されている通りの順番で読むことをお勧めいたします。理由は、読んでいただけたらきっと
わかると思う。正直、出だしの一作目の展開があまりにも重くて、一太郎の後悔と寂しさが
痛いほど伝わって来て、ラストシーンではこちらまで涙がこぼれそうでした。一作目の途中で、
いきなり冒頭のシーンから四年の月日が経ってしまうので、かなり戸惑いながら読み進めること
になりました。あまり細かく書くとネタバレになってしまうので四年が経ってしまう理由も
詳しくは書けないのですが・・・。でも、最後まで読み終えて、ああ、良かった、と思える
作品になっているのは間違いありません。その結果失われたものも多いけれども、一太郎
とって一番幸せな結末であったと思うから。作品構成が非常に巧く、今までのシリーズとは
また違った展開で読ませる一作だったと思います。


以下各作品の感想。


『ゆんでめて』
弓手(左)か馬手(右)か。この選択を誤ったことで、その後の一太郎の人生に大きく影響を
与えることになります。屏風のぞきが・・・屏風のぞきがーーー!!紅子さーーーん!!!
と思いながら読んでました・・・。屏風のぞきファンにとっては、衝撃の展開が待ち受けて
います。落ち着いて読みましょう・・・。通町で一太郎の運命を左右する火事が起こります。
人生の選択の無情さを感じるラストに胸が痛みました。

『こいやこい』
通町の火事から三年後。小乃屋の跡取り息子・七之助が嫁をもらうことになるが、幼い頃に
出会ったきり顔がわからない。5人の嫁候補の中から本物の許嫁を見つける手伝いをすることに
なった一太郎の顛末とは。一太郎にもようやく春が?一太郎にもついに恋話が絡んで来たかぁ、
と初期から彼の成長を追って来た身としては感慨深いものが(母親か^^;)。ラストは意味深
な終わり方なので、先が楽しみだと思っていたのですが・・・。

『花の下にて合戦したる』
通町の火事から二年後の春。桜の妖たちのために、飛鳥山で大々的な花見をすることになった
一太郎たち。人間も妖も大集合して大騒ぎ。ささいなきっかけで企画されたお花見が、次第に
参加人数が増えて大規模になって賑やかになって行く様子が楽しい。懐かしい妖たちや過去に
出て来た脇役たちも一堂に会して、ファンには嬉しいお話。途中の狸V.S.狐の化かし合い対決
も、真剣にやっているからなんだか微笑ましい。その後は笑えない展開になっていくのですが^^;
栄吉への一太郎の友情にも嬉しくなりました。一太郎は本当に親友思いだね。いい子だなぁ。

『雨の日の客』
通町の火事から一年後。お江戸で異常な程雨が続けて降り、堀や川の水かさが増していつ
洪水になってもおかしくない状態が続く中、一太郎は鈴彦姫のピンチを救った大柄で格好の
良い女と出会う。記憶を失っているらしく、手には不思議な珠を持っていた。
おねのキャラがカッコよくて好きでした。洪水の中、妖たちを助ける為に長崎屋に戻る一太郎
の優しさにほろり。何の役にも立てなくても、彼はその性格と存在だけでみんなを癒してくれ
ますね。だからみんな若旦那が大好きなんだよね。

『始まりの日』
通町の火事当日。人が望む“時”を売り買いする『時売り屋』の勝兵衛と名乗る男と出会った
一太郎。勝兵衛のこの商いのせいでトラブルに巻き込まれてしまう。そして、運命の火事が・・・。
先に述べたように、ラストまで読んで素直に良かったと思えました。確かに、それまでに
出会ったであろう人々や出来事が無になってしまったとしても、一太郎にとって、何より
大事なものを失わずに済んだのだから、これで良かったのでしょう。一太郎にとって運命の
人であれば、形は違えどこの先きちんと出会える可能性だってあると思いますしね。とりあえず、
大事な存在がそこに有ること、それだけで十分。タイトルも再び意味を持って迫ってきます。
良かったね、若旦那。




ラスト一編を読んで、ほっとした気持ちが強かったけれど、残念な気持ちもありました。その後に
つながりそうなエピソードもたくさんあったので。でも、やっぱりこれで良かったんだと思う。
若旦那の悲しい涙は誰だって見たくないからね。
これだけ長いシリーズになっているのに、マンネリにならずに読ませてくれるのは素晴らしい
ですね。若旦那の人柄や妖たちのキャラの強さがますます際立つ一作だったように思います。
作者のライフワークにするくらい、いつまでも続けて欲しいシリーズです。