ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

近藤史恵/「あなたに贈るX(キス)」/理論社刊

イメージ 1

近藤史恵さんの「あなたに贈るX(キス)」。

キスによって感染し、発症すると二週間程度で確実に死に至る病――ソムノスフォビア。この
ウィルス性の病が発見され、世界中に蔓延してから、世界のほとんどの国でキス(唇同士を
合わせる接吻)は違法行為として禁じられている。ある日、全寮制の学園、リセ・アルピュスに
通う高校一年生の笹森美詩は、大好きだった三年生の北嶋織恵が突然死んでしまったことに衝撃
を受ける。しかも、彼女の死因はソムノスフォビアらしいという噂を聞いてしまう。いつも
美しく優しかった織恵が何故――織恵にウィルスを感染させた人物は誰なのか。美詩は、父親が
ソムノスフォビアの研究者だという二年の田丸梢と共に、織恵の死の真相を探り始める。彼女の
死には、驚くべき真相が隠されていた――ミステリーYA!シリーズ。


久々にミステリーYA!シリーズ。結構コンスタントに出続けていたのに、ぱったり出版が止まって
しまってどうしたのやらと思っていましたが、有栖川さんと共に近藤さんの作品が読めるとは
嬉しい限り(ちなみに有栖川さんは現在予約中。もうしばらくかかりそう)。
しかし、今までの同レーベルから出た作品の中でも結構異色作なんじゃないでしょうか、コレ。
実に近藤さんらしい世界観と皮肉さを持った作品ではあるのですが、はっきり言って、これを
YA向けで書いちゃうってのはかなり勇気が要るような^^;いや、最近の若い子は進んでいるし、
内容的にそんなにアダルトな描写がある訳ではないのですが、結構禁忌的な要素が多いしオチは
救いがないしで、児童推薦図書には間違っても指定出来ない作品かと思われます^^;個人的には
織恵の死の真相が明らかにされただけでも十分衝撃を受けたところに、追い打ちをかけるような
ラストのオチの落とし方はかなり好みだったのですが。このオチの部分に関しては、読書メーター
見ている限りは賛否両論みたいですねぇ・・・確かにこのオチがあることで、主人公や作品自体に
対する印象が変わって来てしまったりするかも。私はいっそ爽快にさえ思える黒さでしたけどね
(『告白』のやりすぎなオチを読んだ時と似た読後感かも)。ここで出て来る人物の主人公への
感情は何か邪なものがありそうだな、とは思っていたのですけれど。全く、許しがたいことであり、
その人物にこれから起きるであろうことは、自業自得としか言い様がないですね。でも、一番
可哀想なのは、その人物のパートナーだと思うけれど・・・。むぅ、ネタバレしないように感想を
書くのが難しいなぁ(すでにほとんどネタばれ状態になっている気も・・・す、すみません^^;;)。

織恵に感染させた人物が誰かは全く考えが及ばず、素直に驚かされました。彼女のある想いに
関してはなんとなく当たりがつけられてはいたのだけれど・・・そこまでわかっていたら、真相は
自ずと明らかな筈だったのになぁ。

キスだけが唯一の感染ルートという病の設定は、最初かなり無理があるようにも思ったのだけれど、
ウィルス保持者であるキャリアの設定がなかなかに考えてあって、この設定がミステリ部分の真相
に大きく影響を与えている辺りは巧いなぁと思いました。ちなみに、キャリアに関する基本的な設定は、
①キャリアは病を発症することがない(ウィルスと共存できる)②キャリアとキスをして感染
したものだけが発症する③キャリア同士がキスをしても発症しない
ただし、ここで問題なのは、自分がキャリアかどうかを判別するには、特別の専門機関で検査を
しなければいけない、そして、その検査には莫大な費用がかかる為、一般の人が簡単に検査できる
ものではないということ。だから、自分がキャリアだと知らないキャリアが、他人とキスをして
その人物が死んでしまった場合にはじめて自分がキャリアだとわかるというケースもあり得る訳で、
これってかなり怖いことですよね。好きになったひとを死に至らしめてしまう訳でもあるのですから。
まぁ、キスをしなければいいってだけの話なのですが。でも、恋人同士がキス出来ない環境って
なんだか味気ない世界ですよね・・・。過去の映画やドラマのキスシーンもすべてキスのシーンだけ
削られてしまうとか。ベッドシーンがあるのに、キスシーンがない恋愛映画ってどうなんでしょう
・・・。うーん、こんな恐ろしい病が世界に蔓延しないことを祈るのみです(しないか^^;)。

織恵の死の真相は、主人公にとってあまりにも皮肉で残酷なものでした。その上ラストのあの展開。
美詩の今後の精神がどうなってしまうのか心配です・・・。かえって、開き直って生きて行くの
かなぁ。なんとも毒性の強い、けれども近藤さんらしいと感じてしまう一作でした。後味は良く
ないですが、私は好きな作品でした。病の危険を顧みずにキスをした竹内先生と浪の純粋な愛の
ことを考えると、やっぱりキスは愛情表現のひとつとして尊いものなんだな、と思えました。
読んだ後でキスが怖くなるのか、それとも逆にしたくなるのか、それはその人次第・・・かな。