ミステリ読書録

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宮下奈都/「よろこびの歌」/実業之日本社刊

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宮下奈都さんの「よろこびの歌」。

御木元玲は著名なヴァイオリニストを母に持ち、声楽を志していたが、受かると思い込んでいた
音大附属高校の受験に失敗、新設女子高の普通科に進む。挫折感から同級生との交わりを拒み、
母親へのコンプレックスからも抜け出せない玲。しかし、校内合唱コンクールを機に、頑なだった
玲の心に変化が生まれる…。あきらめ、孤独、嫉妬…見えない未来に惑う少女たちの願いが重なり
あったとき、希望の調べが高らかに奏でられる――(あらすじ抜粋)。


以前アンソロジーで冒頭の一編だけは読んでいたのですが、一冊にまとまったと聞いてずっと
読みたいと思っていた作品です。一冊通して読むのは初めての作家さんなのですが、短編で
読んでいたせいか、あんまり初めてって感じがしなかったです。実は、アンソロジーで読んだ
時は、文章や感性は光るものがありそうだと思ったものの、作品としてはいまひとつピンと
来なくて、すごく『残念』って感じの印象だったんです。だから、一冊にまとまってそれが
どう変化するかな、と楽しみにしていましたが、やっぱり一冊通して読んで良かった、と
思いました。一作目の御木本玲から順に、ひとりづつ主役が変わるリレー短編形式の連作
短編集。ラストでは、再び玲の物語が語られます。玲との合唱に関わる同級生たちの
内面心理を描きながら、同時に玲本人のことも少しづつ掘り下げられて行くことで、一冊
通して御木本玲の物語になっているところが巧いな、と思いました。最初は玲にあまり好感が
持てなかったのですが、同級生から見た玲が、合唱を通して少しづつ変わって行くのがわかって、
最後はとても魅力のある女の子だと思えました。何より、彼女たちの合唱に対する姿勢がとても
真っ直ぐで、『よろこびの歌を歌おう』という気持ちがダイレクトに伝わって来て、胸に
響きました。彼女たちの歌うことの喜びが行間から滲み出して来て、こちらまで嬉しい気持ちに
なれました。そして、私も彼女たちと一緒になって自分の為に、誰かの為に、『よろこびの歌』
を歌いたくなりました。
実は中学の時合唱部に入っていたので、みんなと一緒にハーモニーを奏でる楽しさを思い出して
とても懐かしい気持ちになりました。みんなで合唱するラストのお話がすごく良かったな。
冒頭の作品では周囲から孤立して、音楽に対しても卑屈に凝り固まっていた玲が、みんなとの
合唱を通して友情を育んで行き、歌うことの楽しさを覚えて成長して行くところが瑞々しく
描かれていて爽やかでした。
ピアノや歌の技術がなくても、みんなでひとつになって奏でる歌はやっぱり伝わるものが
あるんだよね。
それぞれ、どの主人公も『自分は他の子とは違う』と思っているようなマイノリティーな子
ばかり。辻村深月さんの描く女の子像とちょっと似てるかな。みんなと仲良くしているようで、
実は自分だけ一歩引いて他の子を見ているとか。どの子の心理描写もすごくリアル。自分にも
身に覚えがあるようなものが多くて、読んでいてむず痒くなりました。ああ、十代のころって
こういうこと考えてたなぁ、とか。

帯の『こころが震える』という惹句、そのままの作品だな、と思いました。うん。なんだか
すごく爽やかな感性に触れた感じ。気持よく、清々しく読み終えられました。好きだな、これ。
音楽ものが好きな人や爽やかな青春小説が好きなひとには是非お薦めしたい。ちょっと、このひと
の作品は要チェックになりそう。他の作品も読んでみよう。またひとり、好きな作家が増えました。