ミステリ読書録

ミステリ・エンタメ中心の読書録です。

光原百合/「扉守」/文藝春秋刊

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光原百合さんの「扉守」。

瀬戸内沿岸の町・潮ノ道の商店街で、春から体調の思わしくない伯母に頼まれ、伯母が営む小料理屋
『雁木亭』でアルバイトを始めた由布。伯母の体調は日に日に悪くなっているようで、由布は気が
気でなかった。ある日、常連のお客のひとりである浜中が、茨城の息子の家に移ることになったと
別れの挨拶に来た。伯母は、店の奥にある井戸の水を由布に汲みに行かせ、ぐい呑みに入れて
浜中に飲ませた。伯母によると、この井戸の水を潮ノ道を出る時に飲んで行くと、必ずもう一度
この地に戻って来られると言うのだ。しかし、彼岸が近づいた頃、浜中が交通事故で亡くなった
という情報が常連客の一人によって告げられる。伯母は、それを聞き、雁木亭の営業を次の満月
までだとその場にいる人々の前で宣言するのだが――(『帰去来の井戸』)。不思議が集まる町・
潮ノ道を巡って繰り広げられる連作ファンタジー


久々に光原さん。ここ数作はあまり食指が動くタイプの作品ではなかったので手に取らずに
いたのですが、本書は評判も良いようなので、久々に読んでみたいと思えた光原作品でした。
でもって、読んだ感想。やー、良かった、良かった!もう、好みど真ん中!って感じの作品集でした。
瀬戸内海沿岸にある潮ノ道という海辺の町が舞台の連作集。一作ごとに主人公は変わりますが、
全部の作品に共通して出て来る持福寺の住職・了斎氏のコミカルなキャラクターがどの作品でも
いい味を出していて、物語全体の統一感にも繋がっていて良かったです。不思議な土地自体が
主人公と云っても良いという点で、読んでいてちょっと恒川光太郎さんの『草祭』を思い出し
ました。どちらもノスタルジックで静謐な土地の雰囲気は共通していますが、あちらは冷ややかな
ホラー色が強いのに対し、こちらは温かみを感じるファンタジー色が強い。読後感は正反対ですが、
読み終えて「あー、この作品好きだーー!」って思えたテンションは同じくらい。個人的に
光原作品ベストだと思ってる『十八の夏』と同じくらい気に入ったかも。何より、一作ごとに
出て来るキャラがみんなすごく立っているところが気に入りました。もう一回出て来て欲しいなーと
思えたキャラばかりでした。特に気に入ったのは『扉守』のセルベルの店主の青年と、『写想家』
のオカマカメラマン菊川と、『ピアニシモより小さな祈り』のちょっと皮肉屋の美青年
ピアニスト神崎零かな。もちろん了斉住職のおとぼけキャラも大好きでしたが。セルベルの店主と
菊川は付き合い長そうな感じがしますね。この二人が並んでると目立つだろうなー。
どの作品も読み終えてじんわりと余韻の残る優しさや温かさを感じました。もっともっと、潮ノ道
の不思議な物語を読んでいたいと思いながら読み終えました。


以下、各作品の感想。

『帰去来の井戸』
潮ノ道を出る人物に不思議な井戸の水を飲ませると、その人物は必ず再び潮ノ道の土地に戻って
来れるという。常連の浜中さんの死には息を飲みましたが、慣れ親しんだ土地に戻って来れて
本望だったでしょうね。ちょっと『お彼岸』の言い伝えに似てるかな。伯母さんの守って来た
ものを、姪が引き継いでこれからもずっと守って行って欲しいです。

『天の声、地の声』
土地の声を聞き、それを演劇化することで土地の想いをみんなに伝える劇団のお話。屋敷に棲みつく
ぱたぱたさんの身の上話が切なかった。妖怪や妖精を見ることが出来るのは、どんな時代も子供
だけの特権なんでしょうか。大人になるにつれて、それが見れなくなって行くのは寂しいものですね。

『扉守』
邪悪なモノに取り憑かれ、内気だった性格が強気に変わる女の子のお話。雑貨屋『セルベル』の
店主の青年がなんだか妙にカッコよくて気に入りました(笑)。本のタイトルにする位なのだから、
作者も気に入ってるんでしょう。その後の話に再登場するのは彼くらいですし。扉守という役割も、
異形のものが出入りするこの町ではとても重要なポストなんでしょう。彼の物語だけで一冊本に
出来そうです(苦笑)。ちょっとホラー色が強いですが、雪乃のラストシーンにほっとしました。

『桜絵師』
不思議な絵を描く絵師の絵の中に入ってしまった女の子のお話。絵の中に入るっていうのは割と
良くある設定だとは思うのですが、絵の中に入ってしまった少女と少年の邂逅のシーンが良かった
です。ビジュアル的にすごく綺麗なお話で好き。絵師の行雲が描いた、季節によって変化する桜の絵が
とっても観てみたくなりました。

『写想家』
人の『想い』のオーラを写真に吸いとることで、美しい作品を創りだす写真家のお話。やはり
この作品は菊川のキャラに尽きるでしょうね。オカマ的なキャラって、どんな作品でも絶対キャラが
強いので印象に残りますよね(苦笑)。私の『想い』はどんな色をしているのかなぁ。ラストの
セルベルの店主と菊川のかけあいが好き。菊川と了斉さんのかけあいも漫才みたいで面白かった(笑)。

『旅の編み人』
主人公がどんなものでも編んでしまう方向オンチの編み物アーティストと出会うお話。主人公の
友香と編み物アーティストの新久嶺(アラクネ)のかみ合わない掛け合いが面白かった。お互いに
反発し合いながらも、実は気が合ってる二人の関係が好きでした。私は不器用なので、編み物って
小学生以来やってないんですけど・・・。編み目が不揃いでやたらに長いマフラー作ったっけなぁ
・・・(遠い目)。もちろん、彼に手編みのマフラーをプレンゼント、なんて高度な女子力は持ち
併せておりませんが、何か?(逆ギレ?)

『ピアニシモより小さな祈り』
弦が切れて鳴らなくなった静音の家のピアノは過去の因縁が原因だった。ピアノの過去はとても
やるせなく悲しいものでした。零と柊のキャラが好きでした。なんか、一歩間違とBL方面に行き
そうな二人ですが^^;静音と柊の今後も気になるけれど。はっきりした彼女の感情は書かれて
いないけど、きっとそうですよね?零とは絶対恋愛関係にはならない気がするし(苦笑)。アラク
が編んだ糸で奏でられるピアノの音楽はきっととても美しいでしょうね。聴いてみたくなりました。




どの作品も味わいがあって、すごく良かった。潮ノ道のモデルは尾道なのだそう。尾道もこんな
不思議な体験が出来そうな町なんだろうか。行ってみたいなぁ。
あとがきによると、続編の構想もあるそうなので、是非とも実現させて欲しいものです。
もっともっと、この不思議で温かい潮ノ道の物語が読みたいですから。
ノスタルジックで可愛らしいカバー絵も素敵。
装幀も含めて、お気に入りの一冊になりました。お薦めです。