ミステリ読書録

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三羽省吾/「路地裏ビルヂング」/文藝春秋刊

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三羽省吾さんの「路地裏ビルヂング」。

大通りから数ブロック入った路地裏に、ひっそりと老朽化した六階建てのビルが建っている。
その名も『辻堂ビルヂング』。そこに集まるテナントは、何を出しても不味く、店が長続き
した試しのない飲食店、怪しげな健康食品販売会社、政府未公認の保育園、弱小広告代理店など、
どれも小規模経営で細々と生き残っているところばかり。しかし、そこで働く人々にもそれぞれの
ドラマがあり、仕事に対して悩み、前を向いて生きようと頑張っている。同じビルで働く人々が
ささいなきっかけで触れ合うことから生まれる、ささやかな日常の変化をコミカルに描いた
ハートフル連作集。


三羽さん最新刊。この人の作品は太陽がいっぱいイッパイを読んで以来、出たら内容如何に
関わらず、無条件で手に取るようにしています(一作だけ過去作品で読み逃している作品がある
のですが^^;)。このひとの描く個性的なキャラと痛快な世界観が好きなんですよね。
一見悪そうなキャラでも、なんだか憎めなかったりするし。今回の作品は、路地裏にある
おんぼろビルの中に入っているテナントで働く人々が主人公。一作ごとに主人公は変わるのですが、
前の作品で出て来たキャラが少しづつリンクして行って、ラストのお話ではみんなが勢揃いして
わいわいと語り合う場が生まれていて、ひとつの人間関係の輪が出来ているところがすごく
好きでした。どのお話の主人公も、自分の人生や仕事に悩みを抱えていて、これでいいのかな
って思ったりしているのだけど、ふとしたきっかけで前向きに真剣に仕事に向きあって行く
ようになっていく過程が痛快に描かれていて良かったです。すぐにのれん(お店の形態)が
変わって、奇跡的に不味いものしか出せない一階の食堂の存在が、店員の得体の知れなさと
相まって、なんとも云えない面白さを醸しだしていて良かったです。この食堂が次第にこのビルで
働く人々の憩いの場になって行くところもいいですね(味は何食べても激マズなのに(苦笑))。
あと、屋上の植物のお世話をする黒髪が綺麗なお嬢さん(推定30歳くらいですが)も謎めいた
ところが不思議な存在感を醸しだしていて作品にいいアクセントを加えていたと思います。彼女の
正体は徐々にわかって行きますが、残念だったのは、彼女自身の物語がなかったこと(ラストの
お話では重要な人物として登場しますが)。彼女の内面ももうちょっと知りたかったなぁ。
ラストのお話ではやるせない展開にどんな結末になるんだろうと心配になったのですが、お嬢さん
の粋な計らいに、読み終えて清々しい気持ちになれました。良かったぁ。


以下、各作品の感想。

道祖神
5Fオーガニック・ヘルス(株)に勤め始めた加藤が主人公。見るからに怪しい訪問販売営業の
仕事でも、6ヶ月後の退職まで我慢し、その後にもらえる失業保険を目当てに働くという
ふざけた意識で働いている加藤の態度にはムカムカしました。会社に一矢報いようとして
一致団結したのに、残念な結果になってしまったのは、自業自得なんでしょう。でも、みんなが
辞めた中で、加藤だけはふんばって残ったってことは、案外根性あるのかも。その後のお話に
出て来る加藤の人物像がこの一作目よりかなり逞しくなっていて、最初同一人物だとわからな
かったです^^;

『紙飛行機』
2Fあおぞら保育園でパートをする種田先生が主人公。ヤマト君との関係が良かったです。
今の世の中、こういう保育園は需要がありそうですが、夜遅くまでこういう所に預けられる子供
たちは、仕方がないとはいえ、やっぱり可哀想に思ってしまいます。いろんな事情を抱えている
お母さんが多いのだろうけれども・・・。
驚いたのは屋上のお姉さんが紙飛行機に書いていた文言。『バカ』『ウソつき』『金返せ』・・・
お姉さんに一体何が・・・^^;

『サナギマン』
3F辻堂塾に勤める塾講師・大貫が主人公。大貫の心情は痛いほど良くわかりました。やらなきゃ
いけないことから目をつぶって、今が手一杯であることを言い訳にして、結局何も出来ずに
毎日が過ぎて行く。順調に人生を歩んでいる人をひがんで、ふらふらしてる友人にイライラ
して当たり散らして自己嫌悪に陥る。ほんと、痛い。でも、世の中、こういう人が多いんじゃ
ないかな。1万7千円の真相は相当に痛い。それでも、友人でいてくれた山野は本当にいい人
だと思う。二人の友情関係は良かったな。

『空回り』
4FHN不動産の電話営業レディ・桜井さんが主人公。私は電話がとても苦手なので、こういう仕事
は絶対やりたくないです。こういう営業の電話に対して応対するのも嫌。普段はどうでもいい営業
から電話がかかってくるとものすごーく態度悪くなります、私^^;でも、それを仕事にしてる人に
とっては、そういう客も織り込み済みなんですよね。どんなに態度悪く応対しても、全然平然と
話し続けてますしねぇ。あれはすごいな、と感心してしまいますけれどねぇ。
自分の旦那が家に帰って来て自分の話も聞かずにゲームばっかりしてたら嫌だなぁ。室長の懐中時計
のエピソードにはほろりとしてしまいました。ラストシーンがいいですね。やっぱり、夫婦間だって
こういうのがなくっちゃね。

『風穴』
6F辻堂デザイン事務所の営業・江草が主人公。江草の企画の結果に関しては案の定。でも、その
後の瀬戸の意外な反応が嬉しかったです。それ以外の周りの人間の江草に対する評価も。江草の
ような仕事に対して熱い人間は、絶対会社の発展に必要だと思います。彼の仕事に対する真摯な
態度は、どんな仕事をする人間にとってもお手本になるんじゃないかな。

『居残りコースケ』
1Fお食事処 辻堂の店主・コースケが主人公。辻堂ビルヂングの立ち退きに寂しい気持ちに
なりながら読み進めました。このお店でテナントのみんながわいわい賑やかに過ごしている
ところがとても好きだったので・・・。でも、ラストには爽快な気持ちになりました。ナイス、
お嬢さん。ヤマトのエピソードも良かったな。
驚いたのは、加藤と沼田。あれ、加藤って、お姉さん(お嬢さん)に好意を寄せていたの
では・・・?でも、加藤との交際なんて、絶対コースケさんが許さないでしょうね(苦笑)。




どのお話も個性的なキャラと仕事に対して前向きな気持ちになれるラストが良かったです。
痛快で、気持よく読み終えられるお仕事連作集でした。
装幀も楽しくていいですね。でも、折り返しの店子紹介で紹介されているメンバーが
ちょっと主要人物からはずれていたりするのが不思議でした。